書評
2018年4月号掲載
平穏に死ぬための教科書
――山崎章郎『「在宅ホスピス」という仕組み』(新潮選書)
対象書籍名:『「在宅ホスピス」という仕組み』(新潮選書)
対象著者:山崎章郎
対象書籍ISBN:978-4-10-603824-2
人生には必ず終わりが来るということは誰でも分かっている。分かってはいても、その事実にどのように対処するのかということになると、それがどのようにおとずれるかが分からなければ、対処の仕方も分からないということになるだろう。それでも、どのような形であれ、終わりは来るのである。
どのような終わり方でも、どうせ終わるなら、出来る限り、苦痛から解放され、少しでも平穏な気持ちで、その時を迎えたいのではないだろうか。もし、そう考えるのであれば、可能な限り、情報を集め、自らのためにも、大切な人のためにも、事前の準備をしておくことは重要なことだと思う。
本書は、必ず来るその日に備えるために、何が問題で、その問題とどう向き合えば良いのかについて、あなたや、あなたの家族と、そうなった場合に関係することになる医療・介護・福祉の専門家の皆さんとが共有できる情報を、可能な限り記載した教科書のようなものである。
なぜ今、このような書物が必要なのか。それは、わが国が近未来に直面するはずの厳しい現実と、少しでもより良い形で向き合う準備を、今から始めた方が良いと考えたからだ。どのような現実が待ち構えているのかについては、既に様々なメディアでも取り上げられているので、ご存知の方も多いと思われるが、あえて、整理してみると次のようになる。
①今後わが国は、高齢化・人口減の社会になる。しかもその構造は、高齢者は増えるのに若者は減少するという形である。すなわち、医療・介護を受ける人々の数は増えるのに、その担い手は減少するのである。しばらくの間、深刻な人手不足が発生することが予測されている。
②働ける人が減るということは、社会保障を支える人が減るということである。しかしながら、社会保障を受ける人は、当面増加が続くので、社会保障費をどうするのかという国家的課題にも直面する。
③人口減の結果、いずれ医療の需要は減る。介護の需要は、しばらくは増加を続けるが、いずれは人口減でその需要も減少に転じる。つまり、医師が足りないからと、医師を増やしても、いずれは医師余りの事態が見えている。介護職に関しても、時間差はあるが、同様なことが予測される。つまり、医療・介護の在り方が問題になってくる。
④上記の①から③のような社会状況も含め、現在、様々な形で、2025年問題が取りざたされている。この問題の本質の一つは、高齢社会の結果として、老衰や、がんなどで死に直面する人々が急増するが、それら臨死患者を受け入れる医療機関のベッド数は、今後、むしろ減少が予定されているという現実の前に、死に場所の見つからない「死に場所難民」が出るかもしれないということである。
⑤二つ目は、救命しても死の間際にしか戻れない臨死患者が、その状態を目の当たりにした関係者の要請によって、救急病院へ救急搬送されてしまう機会が急増するだろうということ、その結果、救命されれば社会復帰可能な救急患者が、救急搬送されずに命を落としてしまう可能性も高くなること、つまり、本来あるべき救急体制が崩壊してしまう懸念があるということである。
では、どうすれば良いのか。上述してきたことは、いわばマクロ的な近未来の社会状況であるが、結局のところ、それはその時を生きる一人一人の個人的な問題になる。
本書では、それら多くの人々の死因になるであろう、がんの場合と、がんによる死を免れても直面する認知症や老衰の場合について、それぞれの死までのプロセスや、そこで生じる課題について具体的に記述し、かつそれらの課題にどう対処したら良いのかを考えていただけるように記述した。いずれにせよ、なにがしかの形で、死に直面するのである。その際に、どこでどう過ごすのか、即ち、死までの時をどう生きるのかを考えるヒントになればと書いた本である。
そして、あなたが可能であれば最期まで在宅で、少しでも苦痛から解放され、平穏に過ごしたいと望まれるのであれば、それは「在宅ホスピス」という形で、実現可能であることも詳述した。『病院で死ぬということ』(現・文春文庫)から二十八年、本書は、多くの死にゆく人に導かれて、私が辿りついた現在の地平である。
(やまざき・ふみお ケアタウン小平クリニック院長)