書評・エッセイ

2018年5月号掲載

「謎」はなぜ放置されてきたのか?

関裕二『神武天皇vs.卑弥呼 ヤマト建国を推理する』

関裕二

対象書籍名:『神武天皇vs.卑弥呼 ヤマト建国を推理する』
対象著者:関裕二
対象書籍ISBN:978-4-10-610763-4

 今、考古学はヤマト建国の経過を、克明に描き出そうとしている。三世紀に奈良盆地の南東の隅に前代未聞の巨大人工都市・纒向遺跡(奈良県桜井市)が出現し、方々から人が集まってきたこと、纒向に前方後円墳が誕生し、この新たな埋葬文化を各地の首長が受け入れたこと、流通ネットワークを共有するゆるやかなつながりの連合体(ヤマト政権)が生まれたことが分かってきたのだ。
 考古学が戦後一気に発展した理由は、はっきりしている。新幹線や高速道路網が張り巡らされ、全国でほぼ均等に、考古学の試掘が行なわれる形となり、無数の遺跡がみつかったのだ。
 ただし、物の動きはつかめてきたが、「弥生時代後期の動乱を誰がどのように鎮めたのか」「なぜ各地の首長がヤマトに靡いたのか」などなど、大切な「人間の生き様」が、描けていない。
 理由はいくつかある。まず第一に、考古学と文献学が垣根を築いて、互いの領域、専門分野に足を踏み入れようとしない。第二に、学問が蛸壺化した挙げ句、総合的な解釈は、一部の学者(長老格、大御所)に委ねられてしまっている。これでは、新しい発想は、なかなか認められない。そして第三に、邪馬台国論争に拘泥しすぎたことが、大きな足かせになってしまった。われわれが本当に知りたいのは、ヤマト建国の歴史であって、邪馬台国がどこにあったかではない。
 この結果、日本人は、日本誕生のいきさつ、王家の正体、神道の真髄を、知らずにいる。
 ならば、どうすればヤマト建国の物語を再現できるだろう。方法は意外に簡単ではなかろうか。戦後の史学界が切り捨ててしまった「神話」と「神がかった神武天皇の活躍」を見つめ直すだけで、多くの謎が解けると思う。
 初代神武天皇の母と祖母はどちらも海神(わたつみ)の娘だったと『日本書紀』神話は説明する。問題は、王家を生んだ海神が、弥生時代後期に栄えた奴国(福岡市周辺)で祀られる神だったことだ。奴国は後漢から金印をもらい受けた当時の日本を代表する国だから、無視できない。さらに、奴国はヤマト建国の前後、急速に衰退している。その奴国の縁者(神武)がヤマトの王に立っている謎。しかもその時「大切な金印をぞんざいに土に埋めてしまう(志賀島)」というミステリーも残した。これはいったいなんだ?
『日本書紀』は王家の歴史を知っていたからこそ、神話を創作し、都合の悪いことを隠匿してしまったのではなかったか。しかし、謎解きのヒントなら山のようにある。志賀島の金印も、そのひとつだ。そして、卑弥呼と神武天皇にも、大きな秘密が隠されていた......。
 王家の正体、日本誕生の謎を、今こそ明らかにしてみようではないか。

 (せき・ゆうじ 歴史作家)

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