書評
2018年8月号掲載
2018 Summer Special My Favorite Shincho Bunko Best5
わたしの選んだ「新潮文庫」5冊
生と死の近さを読む五冊
今年の夏も「新潮文庫の100冊」を全国展開中ですが、しかし新潮文庫は100冊のみにアラズ。
むしろ100冊のうしろにスゴい隠し玉があるとも言え……。
対象書籍名:『羆嵐』/『凍』/『遺体 震災、津波の果てに』/『イ二ュニック〔生命〕アラスカの原野を旅する』/『異人たちとの夏』
対象著者:吉村昭/沢木耕太郎/石井光太/星野道夫/山田太一
対象書籍ISBN:978-4-10-111713-3/978-4-10-123517-2/978-4-10-132534-7/978-4-10-129521-3/978-4-10-101816-4
●羆嵐 吉村昭著
●凍 沢木耕太郎著
●遺体 震災、津波の果てに 石井光太著
●イ二ュニック〔生命〕アラスカの原野を旅する 星野道夫著
●異人たちとの夏 山田太一著
夏休みのまんなかにあるお盆が好きだった。なすやきゅうりで牛と馬をこしらえ、仏壇の前に家族が肩を並べて経本を手にしながらお経を唱えた。しみじみとした懐かしさとともに思うのだが、お盆には彼岸と此岸が親しい。だから、生と死が近い本を読みたくなるのだ。
『羆嵐』は、人間が自然になぶられるありさまが怖気をふるうほど。大正四年冬、北海道天塩山麓に生きる開拓民が次々に羆に襲われる惨劇、そののち羆と対峙するひとりの猟師。人間を容赦なく暴き出す吉村昭の筆致の恐ろしさに、ひきずり込まれる。
自然を相手にするとは、何を意味するのか。そのとき人間は、自由を得ることができるのだろうか。生死を賭けて究極の問いに挑む登山家、山野井泰史・妙子夫妻の挑戦を描くノンフィクション『凍』。アラスカの原野を旅しながら、星野道夫が生きることへの思索を刻む『イニュニック〔生命〕』。いずれも、人間と自然がせめぎ合うぎりぎりの線上に立つ二冊だ。
『遺体』が問いかけるのは、震災によって奪われた命の尊厳について。と同時に浮かび上がるのは、釜石という土地に生きる人々の姿である。死を語りながら光がともる必読の書だ。
夏が来るたび決まって読みたくなるのが、『異人たちとの夏』。毛穴がもわっと開くような暑熱の溜まり。異界の人々との刹那の交わりがせつなく、たまらなく愛おしく、しかし冷えびえとして寂しい。ああ夏が逝ってしまう、と季節を惜しみつつ泣きたくなる。
(ひらまつ・ようこ エッセイスト)