書評

2019年4月号掲載

申し分のないデビュー作

――大塚已愛『鬼憑き十兵衛』

若林踏

対象書籍名:『鬼憑き十兵衛』
対象著者:大塚已愛
対象書籍ISBN:978-4-10-103461-4

 荒んだ心に熱い炎が灯る瞬間を描いた小説だ。
 大塚已愛『鬼憑き十兵衛』は日本ファンタジーノベル大賞受賞作「勿怪(もっけ)の憑(がかり)」を改題した作品であり、本作が大塚のデビュー作となる。
 物語は寛永十二年、熊本藩の元加藤家家臣たちが現当主である細川忠利(ただとし)の剣術指南役、松山主水(もんど)大吉を暗殺したところから始まる。松山主水は相手を金縛りにする〈心(しん)の一方(いっぽう)〉を体得した二階堂平法(にかいどうへいほう)の達人であったが、手負いで伏せていたためか暗殺者たちにあっさりと殺されてしまう。だが仕事を終えた暗殺者らに突然、黒い小柄な影が襲い掛かる。狼か何かの獣かと見間違えるほど素早い影は暗殺者を次々と斬殺し、ついには全滅させてしまう。この小さな影こそが本作の主人公、十兵衛少年である。
 十兵衛は肥後山中に住む山人一族の女性と里に住む男との間に出来た子供だった。十兵衛は幼い頃より祖父から生き抜くためのありとあらゆる術を叩き込まれ、さらに里に下りた後は松山主水に弟子入りし、二階堂平法の皆伝を受けるまで強くなる。その十兵衛に松山主水は死の直前、衝撃的な事実を伝える。お前は自分の子である、と。実父を殺した人物に仇討ちを果たした十兵衛だが、それだけでは荒ぶる気持ちは静まらない。十兵衛はある者の力を借りて、松山主水の暗殺に加担した侍を山中で殺すようになる。
 壮絶な復讐劇が軸となる小説だが、無論それだけではない。本作をファンタジーノベルの大賞に相応しい、奇想とスケールを持った物語に仕立てる三つの要があるのだ。
 一つは十兵衛の相棒というべき鬼の存在だ。実は暗殺者を倒した直後、十兵衛はひょんなことから大悲(だいひ)と名乗る鬼に死ぬまで憑りつかれることになる。この鬼のキャラクター造型が実に良いのだ。大悲には喰った人間の記憶を辿るという恐ろしい力があるのだが、その姿は絶世の美貌の僧侶で、そのうえ妙に人懐っこい。これが殺伐とした様子の十兵衛と対置されることで、バディもののようなテンポの良い掛け合いが生まれているのだ。
 二つ目は松山主水暗殺の背後にある謎である。十兵衛は大悲が辿った侍の記憶から、《御方さま》と呼ばれる人物が暗殺を仕組んだことを知る。だが、いくら松山主水が傲慢な武芸者だったとはいえ、一介の剣術指南役をわざわざ暗殺する理由とは一体何なのか。やがて十兵衛は単なる暗殺事件に留まらない、壮大な野望の構図に取り込まれていく。冒頭の松山主水暗殺は小さな史実であるが、この実話を起点に虚実を絶妙なさじ加減で織り交ぜ、奇妙奇天烈な謀略話へと膨らませていく手際がこれまた良い。この辺りの筆運びは、例えば山田風太郎の〈忍法帖〉シリーズがお好きな方などは気に入っていただけるのではないだろうか。
 そして最も大事な三番目の要、それはボーイ・ミーツ・ガールの形式を借りて少年の揺れ動くさまを描いていること。
 十兵衛は自分が隠れ住む山中で、心中のように見える複数の不可思議な死体と大きな長持を見つける。そしてその長持に入っていたらしい手枷を付けられた金髪の少女に出会う。この少女だけは助けてやらねば。何故か強くそう感じた十兵衛は彼女を大悲と共に暮らす荒(あば)ら屋(や)へと連れていくことにする。言葉を発することの出来ないこの少女に、大悲は"紅絹(もみ)"という名前を与えることにした。
 この紅絹が本作の核心に関わるキーパーソンである。先述の通り十兵衛は幼少から人と戦う術しか教わってこなかった人間であり、復讐を大義名分に敵を斬り殺す日々はその心をいっそう荒野のようなものへと変えていった。そこに一条の光が差し込むかの如く、紅絹が現れるのである。彼女との出会いによって、十兵衛の中に今まで味わったことのない感情が込み上げる。その感情が頂点に達した時、物語は一挙にクライマックスへとなだれ込むのだ。それも熾烈な剣戟アクションを始め、ありとあらゆる娯楽の要素をこれでもかと投入しながら、である。
 個性が際立つキャラクターの構築、話の規模を広げる手腕、そして少年の激しい心を掬い取る確かな描写力。これだけ揃えばデビュー作としては申し分がない。伝奇小説に心強い新人が登場した。

 (わかばやし・ふみ 書評家)

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