書評・エッセイ

2019年7月号掲載

恐竜はズルい

小林快次『恐竜まみれ 発掘現場は今日も命がけ

川上和人

対象書籍名:『恐竜まみれ 発掘現場は今日も命がけ』
対象著者:小林快次
対象書籍ISBN:978-4-10-352591-2

 鳥類学者の私は、常日頃から嫉妬にかられてきた。
 なにしろ歯や爪が見つかっただけで大ニュースだ。全身骨格が発見されれば、新しいお土産まで開発される始末だ。ハトやカラスは体の一部どころか大群になればなるほど迷惑がられるのに、格差が腹立たしい。
 絶滅の巨大爬虫類。現生動物には悲劇となる「絶滅」の二文字が、恐竜にはプレミア感を増す殺し文句なのだ。
 小林快次氏は恐竜学を牽引する恐竜学者だ。ラジオやテレビでも活躍しており知名度は高い。この本は著者の20余年に及ぶ発掘体験記である。
 そんな著者の語りをラジオで聞いて疑問を抱いたことがある。彼は、恐竜がどんな環境に住みどう闘っていたのかを、まるで見てきたかのような臨場感で説明していたのだ。
「いや、1億年前っすよね。見たことないっすよね。科学者たるもの想像でモノを言っちゃいかんですよね」
 その時は心中で意気揚々と批判したものである。そんな恐竜と恐竜学者への嫉妬をスパイスに本書を読み進めた。
 なお先に述べておくが、私はこの本を人に勧めるつもりはない。
 
 科学論文では発掘の結果は簡潔かつ明瞭に記されるが、愚痴や苦労話は描写されない。めぼしい成果がなければ論文にもならず、学会帰りの居酒屋で枝豆とともに消費されるだけだ。一方で本書の主役は学術的成果ではなく、成果に至ったり至らなかったりするプロセスだ。
 生半可な発掘ではない。行きやすい場所は先人が調査済みだ。新発見が期待されるのは鳥も通わぬ地の果てだ。
 そんな場所ではインディ・ジョーンズ的アクシデントが発生する。アラスカでは巨大なクマに追われ、ゴビ砂漠では濁流に飲まれかける。実体験に基づく迫力が感染し、まだ見ぬ光景がありありと目に浮かぶ。問題を解決するプロセスは冒険小説さながらだ。綺麗ごとばかりではない本心も随所で吐露され、ワカルワカルと心の距離が接近する。
 確かに研究では様々な事件に直面する。苦労もあればラッキーもある。この本でも多くのエピソードが紹介される。
 しかし私の経験から言うと、事件は頻繁には起こらない。研究者の日常は非日常的なオモシロ事件が溢れていると思われがちだが、研究過程は概ね地味で地道で単調だ。多数の事件の存在は、著者が取り組んだ時間の長さを示している。昨年華々しくお披露目された北海道のむかわ竜の全身骨格も、発見からは15年も経ている。
 行間からは、著者の誇る数多の発見が一朝一夕の功ではないことが読み取れる。
 
 彼のニックネームはファルコンズ・アイ。世界最高速で獲物を捕捉するハヤブサの眼は、テリジノサウルスやデイノケイルスなどの重要化石を発見してきた彼にふさわしい。
 とはいえ、発見は確率の問題でもある。頑張って探せばある確率で化石と出会う。私だって同じ場所を歩けば、同じものを見つけるかもしれない。彼自身も自分を「非常に運がいい」と評している。
 だが鳥類学者の私に言わせれば、彼の眼はハヤブサではない。確かに多くの化石を見つけているが、大切なのはその先だ。最初に見つかる化石の一部、周囲の地層や岩石の配置、化石に残る傷、状況証拠を集めて脳内に古世界を構築する。川か、海か、死体はどう流れたのか、誰と闘いどう傷ついたのか。証拠の断片に論理的思考と飛躍的発想を乗せ、古環境と恐竜の行動を復元し、さらなる発見に到達する。合理的仮説に基づく恐竜の新側面の発見こそが彼の真骨頂だ。その眼はむしろシャーロック・アイである。
 彼は見てきたかのように恐竜世界を語る。なんのことはない。確かに彼は、寂寞たる砂漠を背景に、科学に基づく視線で中生代の恐竜の世界を見てきていたのだ。それだけの経験を重ねているのだ。
 本書は「恐竜好きのための恐竜本」ではない。冒険小説であり、研究指南書であり、推理小説であり、人生を映すロードムービーでもある。
 私はわざわざこの本を人に勧めるつもりはない。そんなことせずともこの本は遠からず推薦図書になり、多くの人の手に渡ると確信しているからだ。
 嫉妬が浄化した後に残るのは安堵だ。彼は私より2歳お兄さんである。年上なら、優秀で当然だ。
 研究者として素直な感想である。
「あー、私が年下で良かった」

 (かわかみ・かずと 森林総合研究所)

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