対談・鼎談

2019年10月号掲載

『僕の人生には事件が起きない』刊行記念特集 鼎談

なんでもないことを書いてみたら

岩井勇気(ハライチ)   佐久間宣行     能町みね子

日常系エッセイの新たな傑作、『僕の人生には事件が起きない』。
かねてより岩井さんの個性を認める佐久間さん、能町さんに、その面白さを徹底的に解剖してもらいました。

対象書籍名:『僕の人生には事件が起きない』
対象著者:岩井勇気
対象書籍ISBN:978-4-10-352881-4


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何も起きないからこその妄想力

――本書は、岩井さんの身辺雑記を綴った初エッセイ集です。まずは感想をお聞かせいただけますか。

佐久間 すごく面白かったけど、岩井っぽいなと思ったのが、毎回、妄想が絶対に入ってくる。妄想部分が普通のエッセイより長いよね。

岩井 事実を書いている部分のほうが短いかもしれないですね。

能町 ラジオでも嘘をつきますよね。普通、フリートークってあんまり嘘つかないんですけど、途中から完全に嘘になってくるんですよね。

岩井 完全に嘘だったらセーフだと思ってるんです。

能町 誰もが嘘と分かる嘘なんですけど、そのまんま文章にしてますよね。

佐久間 俺は、あんかけラーメンの汁の話(汁を水筒に詰めて、一日中持ち歩いて飲む話)が好きだったな。あとムンクをアイドルの握手会に見立てる話。あれ、めちゃくちゃ面白かったね。自分の人生に何も起きないことが、結果として妄想力を高めてるよね。

岩井 そうかもしれないです。こんなにネタを量産させられても、そんなに話題ないけどなって思って。

佐久間 エッセイは、書いている途中に妄想になっていくの?

岩井 書き始めてからですね。

能町 連載の話が来たときに、どういうネタで行こうとかあったんですか。

岩井 正直、文章で主張したいことも、この間こんな大事件ありました、ということもないので、もう何でもないことを書こうというところから始めました。

佐久間 最初のほうの話は自分に即しているけど、徐々に妄想が混じっていく。その完成形が、あんかけラーメンの汁だよ、本当にこれ、超名作だよ。

能町 段ボールの死体の話も名作ですね。

佐久間 段ボール切ってただけの話なんだけどね。

岩井 初めは一人暮らしを始めた話のスタイルでいけるかなって思ったんですけど、二本ぐらい書いて、もう出し尽くしちゃった。

能町 早い(笑)。ラジオのトークをそのまま文章にして、ちゃんと面白くなるというのはすごいなと思います。

岩井 でも、トークで文章にできるのは二割ぐらいです。ラジオはニュアンスで話しているところがあるので、あまりボケが入っているのを文章にするのはちょっときつい。

佐久間 そう? あんかけラーメンの汁はめちゃめちゃボケてるぞ。

岩井 ツッコミがいるといい話は書けないですね。

佐久間 なるほど。

能町 ラジオの話からして斬新なんですよね、観点が。嘘をついたまま貫くとか、あまり他の人はしていない気がします。

佐久間 あとたまに、ただの岩井の主張が入ってるときがあるでしょう。

岩井 同級生と会ったときの話とか。

佐久間 ただ、怒りだもんね。

岩井 あれはあの出来事のすぐ後がエッセイの締切だったので、むかついた感情だけで書きました。

佐久間 あれだけちょっと質感が違うんだよ。

能町 分類すると、妄想か怒りかどっちかですよね。

岩井 喜怒哀楽だったら怒が一番書きやすいですね。

能町 自分の怒りを無駄だとは思いつつ、人に説得するつもりで書く、なんでこれに腹が立つかを延々説明するというのは、すごく書きやすいです。

岩井 なんで俺は怒ってんだろうっていうことを分析していったら書けますね。

能町 面白い話を書けって言われると難しいんですけど、むかつく話を延々分析していくと、結果面白くなってくるっていうのはありますね。

佐久間 VIPの話もすごく岩井っぽいよね。

岩井 一つのことに固執して。

佐久間 一つのことからボケ、妄想のパターンがどんどん増えていく。

岩井 ネタっぽいですよね。

能町 ネタも含めて一貫しているんです。ずっと一点突破しているような。

岩井 軸があると書きやすいです。

佐久間 ルール無用の妄想ではない。

岩井 ルールは設けてますね。

佐久間 それが楽しくなってくる感じが、読んでいてある。多分、俺が好きな話は、全部そうなんだと思う。

日常の中の異常

能町 以前にもエッセイとか、文章を読んだりはしていたんですか。

岩井 いえ、活字は全然読みません。

能町 よく書けましたね。

岩井 雰囲気で書けそうって思われてるんですけど、全くそのあたりは通って来なかったんです。俺の文章はどうですか。硬いですかね。

能町 本当にナチュラルですよ。岩井さんそのまんまだなと思いました。しゃべっているのを文章っぽく整えたぐらいの、一番ナチュラルな感じがしました。読んでいて全然苦がないというか。

岩井 確かに、しゃべりのリズムで書いていますね。読んでいて詰まるところは直しています。

能町 私もこのくらいのナチュラルさで書きたいですもん。

佐久間 話し言葉とエッセイの文章って、やっぱり、変わっちゃうんですか。

能町 普通違いますよ。というか文章を書いている人がしゃべることって、まずあんまりないから。

岩井 漫才がするっと読めるような感じで書いてるんです。

能町 漫才の台本も文字にしてるんですね。

岩井 してますね。

能町 澤部さんの分も?

岩井 一応してますね。本番でその通り言っているわけじゃないですけど。

能町 ちょっと意外。澤部さんってフリーなのかと思ってました。

佐久間 澤部論も書いてあるよね。大いなる無。

能町 これ、本人怒ったりしないの?

岩井 わからないです。

能町 そういえば、芸人の友達ネタはないですね。後輩の話はあるけど。

岩井 芸事に対してはあんまり書きたくないんです。ネタを書くにあたってとか、自分の芸人観みたいなのは全然書きたくない。ラジオでも言わないですね。

能町 言ってないですね、そういえば。

岩井 文章でもラジオでも、テレビの収録のときにあまり上手くできなくてもどかしくて、ということも、全く言いたくないんです。そんなのどうでもいいじゃないですか、観ている人にとっては。

能町 だから毎回、だいたい日常なんですね。芸能人だからこれっていう話はそんなにないですよね。

岩井 芸能人の意識があんまりないんです。

能町 それがエッセイとしての成立度を高めているんですよ。

岩井 やっぱり『僕の人生には事件が起きない』んです。芸能人でも、事件が起きましたみたいなふりをしているけど、結局、そんなに大したことは起きていない。

佐久間 確かにこれ、岩井のこと知らなくても読めるもんね。岩井のファンじゃないと楽しめないって本じゃないよね。

岩井 それを大事にしているところもあります。誰がいつ読んでも面白いように。

能町 素材を変なところから持ってくるんですよ。組み立て式の棚とか。棚っていうテーマで書けないですよね。

佐久間 このエッセイには、ネタを作りに行ったというものはないよね。日常の中で、見方によってこう切り取ったっていう感じ。

能町 普通に生活している中に落っこちてくるもののほうがいいんですよね、きっと。誕生日パーティーに魚の絵を描いて持っていくとか、目的のある行動自体が異常なんですよね。普通の思い付きじゃないんですよ。

佐久間 あれは一番異常だと思った。もう、踏み越えてるよ。

岩井 でも、絵は真剣に描いてるんですよ。気持ち悪く描いたわけじゃないですから。

佐久間 誕生日の人に魚が関係あったの?

岩井 なかった気がします。でも、貰って、こういう意味があるんだと思うより、なにも関係ないけどなんかこれいい、というほうがよくないですか。

能町 反応はでも、微妙だった?

岩井 そうですね。そういうふうに受け止めてくれる子じゃなかったということですね。

芸人界の「さくらももこ」!?

岩井 ところで、どうしたらこの本は売れるんですかね。

佐久間 別ジャンルの人がお墨付きを与えるか、そのジャンルの中で大きく支持されている人がお墨付きを与えると、芸人の遊びだとは思われなくなるよね。

能町 ハライチのことを実はめちゃくちゃ褒めている超大御所とかいないんですか。芸能人じゃない人で。

岩井 最高で能町さんです。

能町 本当ですか。私より上が絶対いますよ。

佐久間 例えば、これを売り出すのに、ネットに一編だけ無料で出していいって言われたらどれを出します? 反響があるのは同級生に怒っている話かもしれないけど、それはこのエッセイの本質ではないじゃないですか。

能町 あんかけラーメンの汁とか棚とかいきたいですよね。

佐久間 本当はそっちのほうが面白いから選びたいんだけど、世の中に響くのは同級生のほうかもしれない。

能町 でも、実際はそういうテイストじゃないって示すのがまた難しいですね。

岩井 俺が読んでほしいのも違うけど。

能町 ちょっとした事件をたくさん書いていくっていうのは、私もあんまりやったことないですね。

佐久間 芸人でもあんまりいないよね。芸人は自意識との葛藤というか、自分と社会との折り合いをエッセイにしていく人が多い。でも、岩井はそこが全くなくて、価値観の出来上がったところから面白がって書いている感じがする。ストレスなく、世の中に出ているのが本当の自分だから。

岩井 確かにそうですね。だからエッセイもラジオも、仕事の裏話みたいなのはしない。

能町 それはもうちょっといったらタモリさんの域ですよね。タモリさんがエッセイを仮に書いたとして、実はこんなことを考えていたって絶対出さないですよ。

岩井 エッセイを書いていった最高形って何だと思いますか。

佐久間 さくらももこさんの『もものかんづめ』とか?

能町 作品としての最高峰ですね。岩井さんも世の中に何かを言いたいとかではない、マンガのように読めるタイプのエッセイの中では相当いいと思います。

佐久間 もっと欲張っちゃいますよね。特に処女作だったら。

能町 気合入っちゃいます。小説とか、もっと社会に訴えかけたいエッセイとかは、読んで何かを得たいとか、栄養にしたいときに読むじゃないですか。でも、さくらももこさんのエッセイって、暇だから読んで、ちょっといい気分になったな、で、忘れちゃった、みたいな感じ。その域って書けないんですよ。

岩井 でも、いよいよ売れないんじゃないですか。

能町 『もものかんづめ』は200万部超えてますよ、確か。

岩井 じゃ、さくらももこ、追います。

一同 芸人界のさくらももこ(笑)。

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 (いわい・ゆうき お笑い芸人)
 (さくま・のぶゆき テレビ東京プロデューサー)
 (のうまち・みねこ コラムニスト/漫画家)

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