書評
2020年4月号掲載
脳内カラス化、おそるべし
松原始『カラスは飼えるか』
対象書籍名:『カラスは飼えるか』
対象著者:松原始
対象書籍ISBN:978-4-10-104541-2
本を買う時、何を重視するか。もちろん内容がいちばんだが、そんなもの読んでみないことにはわからない。となると、まずは著者かタイトルということになる。この本について、少し考察を加えてみよう。
まずは著者の松原さん、申し訳ないが、そう知名度が高いとは思えない。あの偉大な数学者・岡潔の孫であることを知るのは、親戚以外では多くあるまい。しかし、誰がなんと言おうとカラスファンには有名である。というか、有名なはずだ。なので、カラスファンなら無条件に買いそうだ。しかし、それってどれくらいの人数いてるんやろ。
次、タイトルから内容を考えてみる。カラスに対する世間のイメージはよろしくない。というより、悪い。そこへこのタイトルだ。飼ってみたらむっちゃかわいいですよ、とかいう内容になってるに違いないという気がする。しかし、冒頭で、その想像は無残にも打ち砕かれる。
「もしカラスの飼い方を知りたかったのであれば、ここで本を閉じて本棚に戻して頂いて構わない。というか、そうすべきである」と潔い。さらに、第5章『やっぱりカラスでしょ!』にある「カラスは飼えるか」という問いに対する答も明快だ。「基本、飼えない。以上」。それなら、こんなタイトルにせんといてほしいわ。
まぁ、考えてみたら、カラスを飼いたいなどという酔狂な考えを持っている人は日本に100人くらいしかおらんだろうから、このタイトルでも羊頭狗肉(というのか......)にはあたるまい。じゃあ、なんの本なのかというと、カラスをメインにしたいろいろな鳥類や動物をめぐる気軽で楽しいエッセイ集なのである。
好きなところを読んで「へー、鳥ちょっと面白いじゃん」と思ってもらえたら十分と前書きに書いてある。その前書きのタイトルは「脳内がカラスなもので」。何なんですか、それは。だが、読み終わった感想をはっきり言っておこう。「おー、松原さんちょっと面白すぎるやん」。
全体の8割くらいが鳥についてで、うち半分がカラス、残りの2割がその他の動物、といったところだろうか。カラスは、世界中で40種くらいとか、縄張りを持つとか、フクロウが大嫌いとか、別に知らなくても困りはしないことばかりだけど、実に勉強になる。それ以外の鳥類については、ニワトリ、闘鶏、鷹狩り、絶滅したドードー鳥、毒を持つ鳥、渡りのメカニズムなどなど、これも、ほぉ~っと思うような内容が盛りだくさんである。
「カラスは食えるか」という、タイトルと1字違いの問いもカラス界では極めて重要な問題らしく、第2章のタイトルになっているほどだ。これも、食べられなくはないけれど、手間をかけねばならず、そんなことしてまで食べるほどでもないと、すこぶる明快。飼えるか問題も食えるか問題も、答えが極めてシンプルなのが心地よい。
内容に劣らず、ところどころに出てくる捨て台詞も素晴らしい。某グルメ漫画の雪山の別荘に閉じ込められた状況には「山をナメきっているとしか言いようがない」と一刀両断。『The Raven』(邦題は『鴉(からす)』または『大鴉』)には「カラスディスってんのかコラ」と作者のエドガー・アラン・ポーに喧嘩を売る。なんか爽やかすぎるやないですか。
ウェブ『考える人』に連載されていた時のタイトルは『カラスの悪だくみ』だった。しかし「カラスは悪だくみなどしない」という。そのかわり、松原さん自身が「飛ばないカラス」であると。う~ん、そしたら、松原さんが悪だくみで書いてたっちゅうことですか。
「絶妙なおマヌケさが、カラスの魅力の一つ」だという松原さんは「脳内がカラス」なだけではなくて、「カラスに蹴られて喜ぶ変態」でもあるらしい。その上、なんでも「カラスと私の呪い」なるものを持っておられるとか。ここまで読んでこの本を買わなかったりしたら、その呪いが降りかかるやもしれませぬ。たぶんそれは、カラスに糞をかけられるという世にも恐ろしい呪いでありましょう。
(なかの・とおる 大阪大学大学院医学系研究科教授)