書評

2020年7月号掲載

「スター・クラシックス」を知っていますか

ヘミングウェイ『老人と海』 ほか

新潮文庫編集部

対象書籍名:『老人と海』(新潮文庫)
対象著者:ヘミングウェイ/高見浩訳
対象書籍ISBN:978-4-10-210018-9

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 今月の新刊にはバーネット『小公子』(川端康成訳)とヘミングウェイ『老人と海』(高見浩訳)という二冊の海外翻訳作品が並びました。でも不思議に思われた方も多いかもしれません。ともに名作なのになぜ「新刊」なのか、『老人と海』だけどうして「スター・クラシックス」というマークがついているのか――。その謎に答えつつ、今回は文庫編集部から新潮文庫の海外作品をめぐる豆知識、トリビアをご紹介したいと思います(タイトルは今月の新刊にも入っている人気シリーズにあやかってみました。すみません!)。
 新潮文庫ではこれまでも読みやすさや作品の新しい解釈をいかすべく、改訳や新訳を随時行ってきましたが、2014年に創刊百年を迎えたのを機に、近年刊行された新訳作品に「永遠の名作」との思いを込めて「スター・クラシックス 名作新訳コレクション」(以下SC)という名前を冠することにしました。それほど厳密ではありませんが「二十一世紀以降の新訳」が一応の目安で、帯のマークが目印です。『老人と海』は1966年の刊行以来、福田恆存訳で親しまれ、福田氏自身の手によって二度改訳されていますが、近年ヘミングウェイの新訳に挑んでおられる高見浩氏にこのたび新訳をお願いしました。したがってこちらはSCというわけです。
 一方の『小公子』は1960年の川端訳ですのでSCではありません。では今なぜ川端訳の『小公子』なのか。じつは本書刊行のきっかけは本誌「波」に昨年掲載された小野不由美氏のインタビューなのです。詳細は”「此処ではない何処か」へ行く物語 北上次郎”をご覧いただくとして、ともかくそれを目にした編集者たちが「これはぜひ読んでみたい」と大いに盛り上がり、カバー装画も山田章博氏に描き下ろしていただき、刊行の運びとなったのでした。
 カバーといえば、長く刊行されている作品はカバーも何回か替わっています。改訳や文字拡大改版のタイミングにあわせて模様替えするケースが多いのですが、福田訳『老人と海』もカバーは歴代で三種類。当初はカジキマグロを大きく描いた装画でしたが、まもなく作家の写真をあしらった田中一光デザインのヘミングウェイ作品共通のカバーに。これが三十数年続きましたから馴染みの方も多いでしょう。2003年からの塩田雅紀氏による装画も老漁夫の乗る小舟と雲が印象的でしたが、高見訳への切り替えにあわせて影山徹氏の装画による新しいカバーに替わりました。カジキマグロの泳ぐ海中から小舟と空を仰ぎ見る構図をお楽しみください。
『老人と海』は新潮文庫海外作品の累計部数ランキングで堂々一位の作品でもあります。日本作品を含めた順位でも、夏目漱石『こころ』、太宰治『人間失格』に次ぐ第三位。四位が漱石『坊っちゃん』、五位がカミュ『異邦人』ですから、トップ5に海外作品が二つも入っています。また1976年から始まった「新潮文庫の100冊」フェアで、第一回目からラインナップに入り続けているのは、日本作品が『こころ』『人間失格』ほか井伏鱒二『黒い雨』、宮沢賢治『銀河鉄道の夜』、三浦綾子『塩狩峠』の五作品。対して海外作品は『老人と海』『異邦人』にカフカ『変身』、ドストエフスキー『罪と罰』(上下)、ヘッセ『車輪の下』、モンゴメリ『赤毛のアン』の六作品。海外の名作は新潮文庫の「顔」でもあるのです。
 歴史を遡れば、1914年創刊当時の新潮文庫(第一期)は海外作品だけでした。「『新潮文庫』刊行の趣旨」には「久しく一部専門の士の間にのみ親しまれたる泰西の名著は、斯くして完全に一般的読物たることを得ん」とあります。「泰西の名著」の正確な翻訳と普及を掲げていたのです。記念すべき一冊目はトルストイ『人生論』。そして戦後の1947年7月、川端康成『雪国』を皮切りに今に続く第四期の刊行が始まるわけですが、当初は昭和の日本文学に主眼を置いており、海外作品が加わるのは1950年11月から。こちらの一冊目はスティーヴンスン『ジーキル博士とハイド氏』でした。
 かくして新潮文庫では、のべ三千点以上の海外作品を刊行し続けてきましたので、もはや現在の編集部ではわからないことも多々あります。最大の謎は背表紙の名前の入れ方です。ヘミングウェイ、シェイクスピア、ディケンズ、チェーホフ......どうやら古典文学や文豪は姓だけが基本のようなのですが、サリンジャー、カポーティが姓だけなのに、ほぼ同年代のアラン・シリトーはなぜ違うのか。ミステリなどエンターテインメント系は後者が多いからジャンルによるのかと思いきや、ジェフリー・アーチャー、モーリス・ルブランに対してフリーマントル、ポーという表記もある。ポーはポーなのになぜトーマス・マン? ましてニーチェとフロイトの背だけに付いている「N」「F」っていったい何?
 ほかにも背色に不思議なバリエーションがあるなど謎は尽きません。すべてをきれいに整えるべしという考え方もあるかもしれませんが、その一つ一つが先輩たちの試行錯誤の跡、歴史の地層だと思うと、これはこれでむしろ味わい深いものがあります。風雪に耐え、長い年月をかけて磨かれた珠玉の作品群です。書店の棚で背表紙を眺めながら、こうした謎も楽しんでいただけたらと思います。

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