書評
2020年11月号掲載
目と脳で味わうチョコレート
木野内美里『「幸福(しあわせ)のチョコレート」を探しにどこまでも』
対象書籍名:『「幸福のチョコレート」を探しにどこまでも』
対象著者:木野内美里
対象書籍ISBN:978-4-10-353661-1
「あ、わたし、このヒトがバイイングしたチョコレートを買ったことがある!」
それが『「幸福のチョコレート」を探しにどこまでも』の書評を引き受けた一番の理由だ。そう、わたしは世界中の知られざるチョコレートを紹介することに情熱を傾ける木野内美里さんの恩恵をすでに受けている人間なのであった。
数年前に喜び勇んで購入したソレは「Le Negus(ネギュス)」という、クラシックで美しい深緑と金の丸い缶入りのチョコレートキャンディで、フランスのヌヴェールという小さな街にある1902年創業の個人菓子舗が作っている。以前からすご~く食べてみたかったけど、いや、ネギュスは最低でもパリの老舗コンフェズリーに行かなくちゃ買えないと、半ば諦めていた幻のチョコレート菓子だった。
ネギュスのチョコレートキャンディは、薄いべっ甲色に色付いた透明の飴の真ん中に、とろりとしたチョコレートを閉じ込めた構成で、サクマ製菓のチャオの元ネタというか......熟練の職人が超絶技巧の手作業で仕上げたチャオの最高級版と云ったらわかりやすいだろうか。
念願叶って手に入れたネギュスを口の中で転がせば、馥郁としてチョコが溶け出し"口福"な気持ちになった。
ネギュスを輸入するなんて本当に凄い。
木野内さん、マジ天使。
そんな理由で、なんという巡り合わせだ、わたしが書かずして誰が書く......という鼻息だったが、よく考えてみたら、何年も続くこれほどの大人気企画だから、案外誰に投げたとしても、買ったことある! 貰ったことある! おいしかった! 書評書くし! となったような気がする。木野内さんがチョコレートバイヤーを務める「フェリシモ」は、神戸に本社を持つ歴史ある大手通販会社だ。大人から子供まで幅広い年齢層の女性をターゲットとし、安売り系ではなく、センスの良さを売るタイプ。
衣料品や生活雑貨に特化した企業イメージだったので、ネットでチョコレートの通販ページを見つけたことは、うれしい驚きだった。フェリシモは外部の人気スタイリストや手作り作家等とコラボして、商品づくりをすることも多いが、商品の説明や解説等は一般女性誌と同様な文体、つまり標準語でクセのない上品な表現だ。
が、しかし、木野内美里さんが担当する「チョコレートバイヤーみり」のページだけは明らかに違った。顔出しアリのブログ形式で、文体はキャラ立ちした語り口の関西弁で、文章はめちゃくちゃ熱くて"旨い"紀行エッセイになっている。
これだけ「個」を出すことを許されているなんて、よっぽど会社から才能を信用されているひとなのだと感じた。しかも、紹介するのは一般には知られていないチョコレートばっかり。
その「チョコレートバイヤーみり」の文章を1冊にまとめたのが本書だ。まえがきの「特別なチョコ」の紹介からはじまり、ローカルチョコ、歴史と伝統のチョコ、秘境のチョコの3部構成で、みりさんが世界を巡って見つけた23品が関西弁混じりで紹介されている。
本書のゲラを受け取り、ふんふん、なになに~と何気なく(いつでも止める気で)読み出したのだが、これがおもしろくて美味しそうで止められない。結果「いやほんま、今日は他にも優先してやること山積みやろ~なんで止めれへんねん」とみりさんの文体の影響による似非関西弁で自分を脳内叱責しつつ、結局最後まで一気読みした。
なぜそうなったのか、自分なりに分析してみると23品のチョコレートに順位をつけることなく、それぞれがオンリー1だと読ませる多彩な表現力に魅了されたのだと思う。言い方を変えると「美里ランチョコガイド・ただし三ツ星店しか載ってません」みたいな。
わたしは専門分野を持つ人物が書いた文章に、なんらかの理由で補足を込めて描き添えた著者本人の挿画が、どんな優秀なイラストレーターが描くよりもしっくりと寄り添う結果となった(例:『あしながおじさん』のジーン・ウェブスター、『プチ哲学』の佐藤雅彦等)......というタイプの挿絵が大好きなのだが、みりさん自身が各文章に添えて描いたチョコのイラストも相当"旨い"。
また、次から次へと繰り出される美味しいチョコ描写とその仰天エピソードに添えて、各章の終わりには著者のブログページに飛べるQRコードが載っている。ちなみにネギュスは本書に収録されていないけど、ブログに飛べば、その驚愕エピソードを読むことが出来る。携帯をかざすだけで、読者のもっと知りたい欲を補完してくれるシステムがうれしい。
読後感は......めちゃくちゃ好みのチョコレートを一気食いして1箱あっという間に食べてしまい、もっと味わって食べればよかったという後悔に似ている。
だけど食べたら無くなるチョコとは違い、幸福なことに本は何度でも読み返すことができる。
本書は、目と脳で味わうチョコレートだ。