インタビュー
2020年12月号掲載
法廷に謎は持ち込まない
現役弁護士でもある著者が描く、法曹を目指す若者たちのリアルな姿。ベールに包まれた司法修習の裏側とは。
対象書籍名:『朝焼けにファンファーレ』(新潮文庫改題『リーガルーキーズ!―半熟法律家の事件簿―』)
対象著者:織守きょうや
対象書籍ISBN:978-4-10-104581-8
――織守さんがリーガルものをお書きになるのは久しぶりな印象ですが、『朝焼けにファンファーレ』で司法修習生を描かれたのはどんなきっかけがあったのですか?
法律を使ったどんでん返しとかトリックはそうそう考えつかないので難しいなあと思っていたのですが、厳密にはリーガルミステリでなくてもいいので法曹界を舞台にした作品を、と編集さんに言われて考えました。確か、修習生ものというのも提案されたのだったと思います。司法研修所ではみんな忙しくて何か事件が起きてもそれに関わっている場合ではないから、実務修習の期間から書いていくのであればどうにかなるかも、という話も打合せでした記憶があります。
――謎を書きたいお気持ちは常にあるんですか?
ずっとミステリが好きで読んできて、自分の中で「面白い=謎」という意識があって。最後にひっくり返るようなお話が好きなんですよね。だから、何か書こうとすると、謎とか隠されていた真実とか設定しがちですね。
――実際、修習生ものを書かれてみていかがでしたか?
埼玉県和光市の研修所や寮については、自分がいた場所なので、建物の中の距離感やガランとした部屋の雰囲気など知っている場所なだけに書きやすかったです。とはいえ、私が修習生だったのはもう十年以上前のことで、今も同じなのかはやや不安でした。だから、現役の修習生に確認してみたり、今回校閲さんからの指摘で最新の事情を知って慌てて修正したこともありました。
――作中で修習生が同期と信頼関係を築いているところがいいなあと思ったのですが、実際にもあんな感じですか?
そうですね。修習生は誰かが落ちたら誰かが受かるというものでもないし、あまり順位も関係ないので、割と和気藹々としています。裁判官や検事を目指す人はちょっと事情が違うのですが、基本的には同じ釜の飯を食った仲、みたいな。作中でもありましたが、私の同期でも恋愛に発展するパターンもありました。
集合修習になると忙しいのですが、私も実務修習中は時間があったので、友達と遊びに行ったり、修習先の弁護士さんに美味しいご飯をご馳走になったり、結構楽しんでいました。検察庁とか裁判所の定時は夕方五時なので、その後の時間が長いんですよね。実務修習中は結構優雅に過ごせるので、「仕事が始まったら大変だから、今しかこんなにゆっくり過ごせることはないよ」とみんなに言われていて。今作を書くにあたっても、実務修習中であれば勉強以外にも色々外に出る時期なので、物語を作りやすいなと思っていました。
――修習中の体験で印象的だったことはありますか?
弁護修習先の事務所が刑事事件に強いところだったので、見せてもらった刑事事件のほとんどが殺人事件だったんですよね。他の事務所ではそんなことはあり得ないので、かなり珍しいことなんです。そこで被疑者にも会ったりして、刑事弁護ってどんなものなのかを実際に初めて見たので、とても印象に残っています。その後自分が弁護士になってからの仕事にも影響があるかもしれないと思いますね。
――織守さんは弁護士と作家という二つのお仕事を両立されていますが、何か共通点はあるのでしょうか。
当事者の言葉が足りない部分をこちらが想像して補って裁判官に説明できるように組み立てたり、情報を整理して分かりやすく見せる部分は似ているかもしれません。あと、関係者の証言を陳述書として提出するのですが、小説を書いているおかげで臨場感たっぷりに書けます! 本人の使いそうな言葉も織り交ぜながら書くので、これは本人がこの通り言っているんだろうな、と説得力もあるんじゃないかと思います。
――現役の小説家に書いてもらえるなんて、贅沢ですね。ちなみに、本作では大小取り混ぜて様々な謎が描かれていますが、弁護士業の中で謎を追うこともあるんでしょうか。
うーん、それは意外に少ないかもしれません。刑事でも民事でも、「この人は何でこんなことをしたのだろう」という謎がある場合、必ずしも裁判中に真実が解き明かされるとは限らないんです。どうしても時間の制限がありますしね。でも、自分の中で理解できていないことがあると怖いので、謎を残さないようにできるだけ調べて、当事者の話を聞いて、主張に沿ったストーリーを矛盾なく説明できるようにして裁判に臨むようにはしています。作中では模擬裁判の中でサプライズがありますが、実際にあんなことがあると、もう大変なことになってしまうので(笑)。現実にも十分ありえる展開なんですが、でもやっぱり大変です。弁護士業の方では、なるべく謎には直面したくないですね。
(おりがみ・きょうや 作家)