書評・エッセイ

2021年1月号掲載

トランプが開けたパンドラの箱

渡部恒雄『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル

渡部恒雄

対象書籍名:『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル
対象著者:渡部恒雄
対象書籍ISBN:978-4-10-610888-4

 先の米大統領選挙でトランプ大統領はバイデン候補に敗れた。しかしバイデン氏が勝利したことよりも、トランプ氏がそれまでの史上最多得票(2008年のオバマ大統領の6949万票)を大きく上回る7400万票という大量得票を得たことのほうに驚いた方も多いのではないか。米国では、現在、新型コロナ感染による死者が第2次世界大戦での米国人の戦闘による死者数の29万1557人を超えたが、トランプ氏の岩盤支持層は揺らいでいない。
 日本にも根強いトランプファンがおり、選挙でのトランプ勝利を信じている人も多く、筆者がバイデン政権誕生を前提に話をすると、お叱りを受けることがある。もっとも欧州におけるトランプ氏への賛否両論は日本の比ではない。反トランプのデモも激しい一方で、フランスのマリーヌ・ル・ペン国民連合党首のように、トランプに共鳴するナショナリズムも根強い。
 欧州のナショナリストは、国境を越えたグローバル経済による恩恵から取り残され、経済格差に苦しみ、シリアをはじめとする中東からの難民や移民に対して、恐怖と憎しみを抱いている。この構造は、グローバル経済から取り残され、中南米からの移民労働者や、中国からの安価な輸入品に敵意を持つ、中西部ラストベルト(錆びついた工業地帯)のトランプ支持者と同じだからだ。
 トランプ大統領の誕生はアメリカの二極分化を深めただけでなく、世界中の怒りや憎しみと共鳴した。トランプ氏が、民主的な指導者たちとの相性が悪く、ロシアのプーチン大統領や北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長などの「ストロングマン」といわれる強権的指導者との相性がいいのも偶然ではないだろう。
 2021年はじめにトランプ氏は米大統領の座から去るが、トランプ大統領を誕生させた「アメリカ・ファースト」のナショナリズムや白人至上主義が泡のように消えるわけではない。グローバル経済による格差も解消せず、インターネット上の「フェイクニュース」を信じる人の数が減ることもないだろう。トランプ氏が開けたパンドラの箱から飛び出したナショナリズムとポピュリズムは、米国と世界を跋扈し続けるだろう。
 トランプ氏は中国およびイランとの対立を加速させたが、バイデン政権になったからといって、容易に元の鞘には収まらないはずだ。中国でもイランでもナショナリズムが高まり、安易に妥協できないし、米国の経済力、軍事力、そして民主化理念の相対的低下にも歯止めがかからないからだ。
 つまり、こう考えた方がいいだろう。そもそも第2次世界大戦後からこれまでの米国の圧倒的な富と力の独占とその民主化イデオロギーの隆盛という世界のほうが特殊だった。これまでの常識をご破算にして、新しい世界の読み方を20の視点から提案するのが本書である。

 (わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ