対談・鼎談

2021年2月号掲載

『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル』刊行記念対談

バイデンで尖閣は守れるか?

渡部恒雄       藤井彰夫

「プロレス大統領」トランプの治世は終焉を迎えたが、この4年間に国際情勢は大きく変化した。『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル』(新潮新書)を上梓した渡部恒雄氏と日本経済新聞の藤井彰夫論説委員長が、これまでの常識が通用しなくなった世界のこれからの読み方を語り合った。

対象書籍名:『2021年以後の世界秩序 国際情勢を読む20のアングル(新潮新書)
対象著者:渡部恒雄
対象書籍ISBN:978-4-10-610888-4

藤井 私はトランプのことはずっと「プロレス大統領」と言っているんですけど、彼はもともと1980年代にカジノをやっていて、そこにプロレス興行を呼んだところから始まり、そのあと自分でリングに上がったりもして、遂にはプロレス殿堂入りもしている初の大統領なんです(笑)。彼の手法というのは、マイクパフォーマンスを含めほとんどプロレスと一緒。選挙後に負けを認めないというのは、ゴングがガンガンと鳴っているのにまだ試合後に場外で乱闘しているという感じです。これがプロレスならいいんですが、大統領がそれだと国民は大変ですよね。

渡部 プロレスは観ている方がわかっているからいいのですが、政治はそうはいきません。結果としてトランプ支持者たちの議場乱入によって死者まで出てしまったのは悲劇としか言いようがありません。

イエレン起用は「分断」の是正

藤井 トランプ政権の4年間で変わったこともあるんですが、アメリカの「分断」に関していえば、長い時間かけて変わってきた部分もあります。1990年代のクリントンのあたりが軍事的経済的に冷戦後のアメリカの頂点というか、特に経済では中国もそれほど強くなっておらず、向かうところ敵なしという状況でした。財政もそれまで赤字だったものが、98年度から黒字になりました。この時期、新興国で経済危機が起きたけれどもアメリカだけはびくともしなかった。
 ただ、ブッシュ(子)とゴアが大統領の座を争った2000年あたりから、分断がだんだん顕在化してきた。すぐ翌年に9・11が起きて、何となく国はまとまったように見えたけど、やはりそのあとのイラク戦争で分裂し、さらに下った08年のリーマン・ショックで分断が加速した。それをまとめようとオバマが出てきたけれども、結局うまくいかずトランプに至ったという流れだと思います。そういう意味では、アメリカの分断はこの20年くらいかけて起こっていて、トランプが加速させたということでしょう。

渡部 いま藤井さんがおっしゃった流れは重要で、ブッシュ(子)は最近トランプのことを手厳しく批判しましたが、トランプが政治家として台頭したきっかけはブッシュ(子)が始めたイラク戦争への反発だったのですから、そもそもトランプを生んだのはブッシュ(子)だともいえるのです。そして、分断の背景にはグローバリゼーションの負の影響があります。今回、財務長官に指名されたイエレンはそこの意識が強い。イエレン起用は分断の一つの要素となった貧富の格差の是正という面もあるのではないでしょうか。

藤井 バイデン政権の特徴は、全般的に女性活用ということ。労働経済にも強いイエレン起用に関して言えば、労働者、そしてグローバル化で傷ついた人々を何とか救いたいというイメージを出そうとしている。サンダースまで左には行かないけど、クリントン、オバマよりはやや左の感じになっている。リーマン・ショックの後にオバマ政権が助けたのはウォールストリート(金融界)でメインストリート(普通の人々)ではないと言われてしまいました。金融界には金は出したけれども、ラストベルトの人々にはちゃんとしたケアが行かなかった。その結果、民主党から人が離れ、トランプを生んだわけです。そこをバイデンはわかっているから、オバマとは違う、メインストリートを見た政策をやらなきゃならないということなんです。

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老練なバイデン

藤井 分断はすべてがトランプのせいではないのですが、対中政策に関していえば、トランプ政権で明らかに大きく転換した。彼自身は貿易赤字のことしか頭になかったかもしれませんが、ポンペオ国務長官をはじめ、政権幹部がその流れを固めていった。歴代政権も本音では「アメリカ・ファースト」なんです。でも、言葉の上では国際協調とか同盟国重視ということを言っていたけど、トランプは初めて本音で「アメリカ・ファースト」と言ってしまった。これはやはり大きな政策転換ですし、そう簡単に戻れないということになってしまいましたね。

渡部 しかもトランプの場合は「アメリカ・ファースト」と言っていますが、トランプ自身は「トランプ・ファースト」なんですよ(笑)。トランプに仕えたボルトン前国家安全保障担当補佐官は、「アメリカ・ファースト」の極みのような人だけれども、国益よりも私益を優先するトランプが許せず袂を分かち、議会乱入事件の後も、大統領が交代する1月20日を過ぎれば、トランプの影響力は劇的に低下すると発言しています。同じくトランプに仕えた保守派のマティス元国防長官は、事件後、「トランプが帰属できる国はないだろう」、つまりアメリカ人をやめなさい、とまで言っています。
 深刻なのは、「トランプのアメリカ」を見ていた他の国々が「自分ファーストでいいんだな」と思い始めて、中国もトルコもアラブ諸国も自分勝手なことをやり始めてしまったこと。パンドラの箱を開けてしまったわけです。
 バイデンはオーソドックスな政治家ですから、米国の政治・外交をこれまでの路線に戻そうとするでしょう。ただ、そのためのパワーは相当必要です。トランプのすごみというのは、場外乱闘もありだし、ゴングが鳴る前にいきなり殴りかかることもあるということです。それは中国も怖いし、外交的には睨みが効くんですよ。バイデンにそれはありません。
 ただバイデンは、トランプが一方的に課した中国への制裁関税を、無条件には元に戻さないと言っています。つまり、トランプが中国に対して場外乱闘でやったことを、中国の問題行動を変えるために利用しようとしている。そこはしたたかで老練だし、場外乱闘をしない分、安心な面もあります。

「米中協調の時代」は終わった

藤井 この本の中で、これは渡部さんの命名だと思いますが、米国の対中政策について、「協調的関与パラダイム」から「対抗的関与パラダイム」へ、という言葉があります。この前、ポンペオ国務長官が1972年のニクソン訪中以来の中国への関与政策は失敗だったと言ったのですが、渡部さんの見立ては、まだ関与政策は続いているけれども協調的であったものが対抗的に変わった、ということなのでしょうか?

渡部 そうです。しかも、変わったのは政策ではなくパラダイム(枠組み)なんです。今後も米国の対中政策は、政権によって厳しくなったり、ソフトになったりするでしょう。ただし大きな枠組みとして、協調的なエンゲージメント(関与)のパラダイムの時代は終わったということです。協調的関与政策が想定していたのは、中国が経済成長を続ければ、豊かになることで民主化が進み、自らを豊かにした国際ルールを守る側に立つだろうという楽観でした。今、アメリカ人は、共和党も民主党も、それが幻想であることを理解したということです。

藤井 それをみんな「エンゲージメント・ポリシーの終焉」と思っているんだけど、渡部さんは対抗的ではあってもエンゲージメントであり、完全な冷戦ではない、と言っているわけですね。

渡部 そうですね。なぜかというと、協調的ではなくなっても、その政策はコンテインメント(封じ込め)ではないからです。デカップリング(孤立化、切り離し)とも言っているけど、これも部分的です。この言葉を使うときも、私はあえて選択的デカップリングと言っています。全面的デカップリングはコンテインメントですが、それは現実的には無理です。となると、やはり今後の政策もエンゲージメントの延長となる。ただ今までの協調的な前提とは異なり、中国への楽観は消え去り、中国経済を米国と切り離しても孤立させることができないから、あるいは米中間の不慮の武力衝突を防ぐため、といった理由での関与となります。また中国が軍事的に優位となるような技術や製品の流入は、選択的デカップリングで厳しく制限するという対抗的な手段を多用することになるでしょう。

藤井 バイデン政権に話を戻すと、そのエンゲージメントの部分で、まずは中国を引き込んで地球温暖化対策をやりたい。中国と協調することはやりたいけど、ただやはり人権の問題は出てきますよね。香港とか台湾とか。中国も貿易は譲歩できるが人権はなかなか難しいかもしれません。

渡部 対立が激化して手詰まりになった際に、緊張緩和のための対話のテーマとして地球温暖化を使おうという思惑が、米中のどちらにもあると思います。米中対立が激化するレッドラインは、かつての天安門事件のように多くの生命が奪われるような事態でしょうか。本書でもアジアで3つの人道危機(ロヒンギャ、香港、ウイグル)が進行することをテーマの一つにしましたが、中国からすれば嫌でしょうね。ロヒンギャみたいに大量の人は死んでないぞって反論されるでしょう(笑)。でもなぜ重要視しているのかというと、ロヒンギャは国連などの外からの介入や監視の目が届くけど、中国国内や香港には介入できないし、今後どうなるかがわからないからです。

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センカク・パラドックス

渡部 本書の中で取り上げた「センカク・パラドックス」というのは、尖閣諸島のように、一般のアメリカ人にはそれほど重要だと思えない問題でも、中国やロシアとの全面戦争を覚悟しなくてはならない判断を迫られてしまうような状況を指します。アメリカ人にとっては小さい問題のようでも、それを全部中国に取られていくと、最終的にはアメリカ自身の安全にとっても深刻なことになるのですが、アメリカ人が名前も聞いたことがない無人島を守るために戦争のリスクを冒すことは、選挙で選ばれる指導者にはハードルが高い。ロシアのクリミア併合がそうでした。クリミアが属するウクライナはNATOに加盟する同盟国ではなかったこともあり、ロシアはアメリカの隙をつき、巧妙かつ一方的に自国の領土を拡張した。日本はアメリカの同盟国でウクライナとは違いますが、中国の南シナ海での行動を考えれば油断はできない。ところで、同盟関係というのはそれだけ重いのですが、トランプはあまりそういうことは考えていない。日本は同盟国だから、というのではなくて、シンゾー(安倍前首相)がいい奴だから、くらいの感じで付き合ってきたと思います。
 ところがバイデンは違う。菅義偉首相との最初の電話会談で尖閣が日米安保の対象だという話をしたのは意図的なものだと思います。今のアメリカは、トランプが国防長官を解任して代行を充てるなど、普通以上に政権移行期における力の空白が生まれている。このような中で、中国に対してアメリカの意図を読み誤らせないという深慮があったと思います。次期大統領が明確に同盟関係にコミットすることを見せれば、日本だけでなく、台湾や他の地域についてもけん制効果がある。そういう意味でトランプよりも安心できる指導者だと思います。

外交のツボ

――世界の動きに対して、日本はどう対処すればいいのでしょうか。

渡部 安倍政権はなぜ外交的に成功したのか。長期政権だったからです。安倍政権も政権当初、靖国神社に参拝してアメリカのリベラル派から不興も買ったけど、時間が経つうちに、「自由で開かれたインド太平洋」などの長期戦略が理解され、また政策もバランスがとれていった。特にトランプ政権が保護主義姿勢を強める中で、トランプ氏との関係は良好に維持する一方で、アメリカ抜きのTPPや日EU経済連携協定などで自由貿易体制を守ってきた安倍首相を、欧州やアメリカのリベラル派が評価した。トランプの北朝鮮への不必要な譲歩を止めたことで、保守派のボルトン氏も、安倍前首相をべた褒めしています。菅首相もポイントは長期政権にできるかどうかでしょう。

藤井 まず内政を安定させること。中曽根さんにしろ、小泉さん、安倍さんにしろ、長期政権の時は日米関係はうまくいっています。

渡部 ただ日本の場合は、長期政権の次は短命政権となることが多いので、大きなチャレンジです。菅首相にとっての救いは、野党と党内の対抗勢力が弱いこと。ただし、それ故に緊張感がないことが懸念されます。その意味でも、経済とコロナという難しい政策課題を乗り切らないと、いけないでしょう。
 菅首相の外交政策は未知数だという声もありますが、官房長官として安倍外交を下支えした経験は大きい。菅首相の就任後初の外遊先が、中国の拡張姿勢に不満を持つベトナムとインドネシアだったことや、中国の王毅外相の来日の前に日本でクアッド(日米豪印)外相会議を行い、ポンペオ国務長官らを招待したことで、「自由で開かれたインド太平洋」の戦略性や外交のツボをわかっていると思われます。

藤井 バイデンも下から事務的に積み上げていくタイプなので、スタイルとしては似ている。ケミストリーは合うような気がします。でもGゼロの世界の中で、アメリカが少し国際協調から引いている中で、日本がそれを埋める役割ができるかどうか。TPPなんかではある程度やりましたが、ドイツのメルケル首相もいなくなる中で、リアクティブではなく、もう少しアクティブにやれるかどうかが問われます。

渡部 まさにそこがポイントです。安倍前首相が日本の存在感を高めたことで、他国からそれなりに評価されて期待もある。日本が重要なことをできるポジションにあるのにやらないと、自分が損をすることになります。

 (わたなべ・つねお 笹川平和財団上席研究員)
 (ふじい・あきお 日本経済新聞論説委員長)

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