書評・エッセイ

2021年3月号掲載

未曾有の困難に立ち向かう人々の記録

稲泉連『廃炉 「敗北の現場」で働く誇り

永瀬隼介

対象書籍名:『廃炉 「敗北の現場」で働く誇り
対象著者:稲泉連
対象書籍ISBN:978-4-10-332092-0

 本当にできるのか――。二〇一一年、世界が恐れ、戦(おのの)いた福島第一原発事故。廃炉まで四十年を要すると言われ、前例の無い難事業故、様々な技術的難題も予想された。その解決策はもちろんのこと、そもそも苛酷な汚染現場への人材投入は可能なのか? 私は大いに疑問だった。
 たとえばの話、半世紀近い廃炉作業となれば、専門教育を受けた有為な人材のキャリアがそこだけで終わってしまう可能性がある。つまり、夢も希望もある若き技術者が、廃炉作業を一生の仕事として選択する余地はあるのか?
 本書を読み、無責任な外野の危惧は一掃された。著者は長期に亘る丁寧な取材で廃炉作業に携わる様々なスタッフの本音、職業観等を聞き出している。
 震災後、東京電力という「加害企業」で働き始めた若者がいた。大手建設会社に勤めていた彼は、妻の出産を機に、単身赴任で日本全国の現場を渡り歩く生活から、家族と共に過ごす時間が欲しくて転職を決意。東電本社の面接では、「福島に行くことになっても本当に大丈夫ですか?」と何度も念押しされたが、彼の決意は変わらない。
 二〇一七年、東電へ転職した五十四人のうちの一人として福島第一原発へ。だが、妻には同行を拒否され、またも単身赴任。居住制限区域に建つ「全くの陸の孤島」の社員寮での独り暮らしが始まった。
 彼の担当する仕事は三・四号機の建屋前の放射能に汚染された瓦礫撤去と舗装である。実際の作業は大成建設が行ない、東京電力は管理する立場だった。彼はここで廃炉作業の現実を知る。
「僕の現場に多いのは四十代から五十代の監督さんや作業員さんで、みんな熱血漢の良い人たちでした。他の建設現場へ行ったらもっと稼げるんじゃないか、というくらいの仕事ぶりで、彼らからはとてもたくさんのことを教わりました」
 瓦礫撤去と舗装は他の工事が終わった深夜から始まる。作業員は二十キロもの重さの鉛ベストを着用し、苛酷な作業に従事することになる。大成建設社員が明かした現場の実態は読む者の胸を打つ。
《とりわけ福島出身の作業員たちはこの仕事への思い入れも強く、ベストの胸ポケットに入れたAPDのアラームが鳴っても、「あともう少しだけ」「キリのいいところまで」と仕事を続けようとしてしまう傾向があった。そんなとき、彼らは必死に作業を続ける作業員の背中に向かって、メガホンで「○○さーん。戻ってくださーい!」と大声で呼びかける必要が生じた》
 二〇一五年四月、法政大学デザイン工学部を卒業後入社、希望通り福島第一原発に配属された女性は、当時の心境をこう述べている。
「他のことなら、『きっと誰かがやってくれるんだろう』と思えたけれど、廃炉についてはそうは思えなかった。あれだけ批判を受けてきた企業ですから、やろうとする人がいないんじゃないか。それなら自分が手を挙げてみよう、って」
 だが新人研修初日、上役の社員が放った言葉は強烈だ。詳細は本書に譲るが、右も左も判らぬ新人に覚悟を問う意味があったにせよ、あまりのショックに何人かは辞めたのでは、と思ってしまった。
 なぜまたこのタイミングで、と本人ならずとも嘆きたくなるケースもある。あろうことか、東京電力に震災前の就職活動で内定を受け、震災後の二〇一一年四月に入社した若者たちだ。
 一橋大学社会学部を卒業後、研修を経て(入社式は中止)カスタマーセンターに配属された彼は、避難者の憎悪や哀しみを一身に受け止めることになる。受話器を取った途端、怒鳴られ、泣かれ、酔漢から「給料はいくらもらってんだ?」と二時間以上もからまれるという、地獄のような日々を過ごす。彼は当時の心境をこう吐露する。
「最初は『自分のせいではない』という気持ちも確かにあったんです。(中略)私にはお金をお支払いすることも避難されている方の家の片付けをすることもできないけれど、電話でいまその人が不安に思っていることに耳を傾けることはできる」
 しかし、同期たちは次々に会社を去っていった。例年は新入社員一千名のうち、一年間で辞める人間は一名か二名だが、その年は約三十名に上り、二〇一七年までに二百名以上が退職したという。
 この他、自ら希望して福島に残り続ける経産省官僚や、所属企業(二〇一五年、不正会計が発覚した東芝)が苦境に陥りながらも、工業用内視鏡を装着した自走型ロボット「サソリ」の開発に邁進するエンジニア――いま、この瞬間も、三十年後、訪れるであろうゴールを信じて、廃炉作業という未曾有の困難に立ち向かう人々がいる。そのことを忘れてはならないと思う。

 (ながせ・しゅんすけ 作家)

最新の書評・エッセイ

ページの先頭へ