書評・エッセイ

2021年4月号掲載

会社員の私がストレスで小説家になった件

『迷子の龍は夜明けを待ちわびる』

岸本惟

美しい自然描写は、窮屈な職場環境の反動だった!?
期待の新人のデビュー前夜とは。
日本ファンタジーノベル大賞2020 優秀賞受賞

対象書籍名:『迷子の龍は夜明けを待ちわびる』
対象著者:岸本惟
対象書籍ISBN:978-4-10-353911-7

 子供の頃からずっと書くことは好きだったのですが、本格的に書くようになったのは二〇一五年頃のことです。その時に働いていた会社は高層ビルの上層階にあって、季節の移ろいも感じられないような環境で息が詰まってしまって。それに、待機時間が長かったんです。さすがに本を読んだりするわけにはいかなかったのですが、何か書くことはできたので、仕事の合間にノートに思いついたアイディアを書いてみたりして。ちょこちょこ小説も書いていました。
 そうやって息抜きしていたつもりだったのですが、ストレスフルな職場環境にすっかり疲れてしまって、結局、次の仕事も決まっていないのに退職することになりました。合理性の塊のような都会のオフィスビルで働くことに疲弊して、もう抜け殻のようだったんです(笑)。無職になって転職するまでの半年間はゆっくり小説を書いていました。その時期に書いたのが「植物たちの隠れ家」という作品で、二〇一八年の日本ファンタジーノベル大賞の最終候補にしていただきました。あのお話は実は自分を癒すために書いたようなもので、自然が沢山出てくるのは頭の中を大好きな自然でいっぱいにしたい気持ちがあったからなんです。書いている間ずっと楽しかったのを覚えています。
 昔からファンタジーノベル大賞のファンというか、注目していたもので、それまでの受賞作も読んだりしていました。ファンタジーといっても、ジャンルの枠に留まらない時代小説やSF、青春小説もあって、懐が深いところが魅力で。でも、まさか初めての応募で最終候補に残していただけるとは思いもしなかったので、本当に驚きました。
 ご連絡をいただいてから選考会まで一ヶ月あったのですが、すっかり浮き足立ってしまって、どうやって暮らしていたのかと思うくらい記憶がありません。その時は受賞はできませんでしたが、憧れの存在だった選考委員の先生のご感想を聞けたので、何だかすごいことが起こったぞと思いました。それまで自分の書いた作品を誰かに読んでもらう機会もあまりなかった分、好意的なご感想をいただいたり、技術的な問題点についてご指摘いただいたりしたことがあまりに鮮烈で。
 翌年応募した作品は最終には残りませんでしたが、二次選考までは上がったので、前年の候補入りもただのビギナーズラックではなかったのかもしれないと少し手応えを感じました。それに、以前の応募作を覚えていて下さった編集者さんから感想やアドバイスをいただいたりして、とても嬉しかったんです。だから今ここで書くのを止めるべきではないなと思いました。
 そうして三回目に応募したのが、受賞作となった「迷子の龍は夜明けを待ちわびる」です。元々は祖母を亡くして遺品を片付けに行ったら龍が炬燵にいた、というようなお話でした。でも書き始めたら、どんどんストーリーが変わってきて。あれこれ設定を直しながら書き進めていたので、主人公を少数民族である天空族ということにしたのもかなり後になってからでした。
 一年間かけて書き終えて、また応募はしてみたものの、設定が固まっていないまま書き始めてしまったのでダメかもしれないと思っていました。だから、最終に残ったことに驚いて。未熟な点があるのもよく分かっていましたし、正直まだとれないだろうと思っていたので、来年はどんなお話を書いて応募しようかと考えていたんです。
 更にそれが受賞したと聞いて勿論すごくびっくりしたのですが、受賞発表の小説新潮に掲載するコメントやプロフィールの締め切りまであまり時間がなかったので、一気に慌ただしくなって。ようやく実感がこみ上げてきたのは掲載誌を受け取った時でした。同時に、こんな状態でデビューしてしまうことに不安も湧いてきて......。今も心配は尽きませんが、とても美しい装画を描いていただいたので、本を手に取っていただくのが楽しみです。
 自分の経験から、同じく文学賞の新人賞を目指している方に言えることがあるとすれば、やりたいと思った時にやらないと結局いつまでも走り出せないので、エンジンがかかった瞬間にぜひ実行してほしいということです。私も書きたいと思っていたのに漫然と過ごしていた時間が長く、後悔もあるので......。「"いつか"は永遠にそこにあるわけじゃない」という意味の台詞を「迷子の龍」でも主人公に言わせたのですが、それは私がずっと思っていることです。何に時間を使うかは、何に命を使うかと同じことなんですよね。私もそれを忘れないように、これからも書いていきたいと思います。(談)

 (きしもと・たもつ 作家)

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