書評・エッセイ

2021年4月号掲載

私の好きな新潮文庫

優しい不条理小説

雪下まゆ

対象書籍名:『車輪の下』/『変身』/『幸福について―人生論―』
対象著者:ヘルマン・ヘッセ 高橋健二訳/カフカ 高橋義孝訳/ショーペンハウアー 橋本文夫訳
対象書籍ISBN:978-4-10-200103-5/978-4-10-207101-4/978-4-10-203301-2

img_202104_20_1.jpg(1)車輪の下 ヘルマン・ヘッセ 高橋健二訳
(2)変身 カフカ 高橋義孝訳
(3)幸福について―人生論― ショーペンハウアー 橋本文夫訳

 装画の仕事をしていたご縁から初めてエッセイを書く機会を頂いた。
 仕事柄、細かに自分について語ることはない為初めて人目を気にせずありのままに書いてみる。

img_202104_20_2.jpg  読書家とはいえない私だが、好きな本を聞かれた時まず思い浮かぶのは『車輪の下』だ。
 真面目で臆病な少年ハンスは、親や周囲の重圧の中神学校に入学する。彼の青春は勉強と規則ずくめの日々に奪われ、次第に反抗し学校を去り、故郷へ戻って人生をやり直そうとする。
 多感で傷つきやすい青年の心理描写が繊細に描かれたヘッセの自伝的小説。
 ハンスと同じ年の頃、私は小中高一貫のミッションスクールで育った。一言で言えば監獄のような学生生活で、籠った教室に響く同級生の甲高い笑い声と、意味を持たない厳しい校則の中、卒業までの日にちを数える退屈な日常を過ごした。
 脳内は常に、なぜ生まれたのか、私は生まれる事を希望したのか、理不尽についてとかそういうことで満たされ、十六~十七歳の頃には同級生に馴染む努力をやめひとりで過ごした。
 そんな時映画や本の中に表現された「不条理」に出会い居心地の良さを感じた。『車輪の下』はそのうちのひとつだ。
 後半このような一節がある。
「この苦しみと孤独の中にあって、別な幽霊が偽りの慰め手として病める少年に近づき、しだいに彼と親しみ、彼にとって離れがたいものとなった。それは死の思いだった」
 うっすらとした暗い影が落ちる物語の中で、彼の生きづらさだけが優しく、適切で、美しく表現されたこの作品に私は自らを投影し、同時に安堵した。

img_202104_20_3.jpg  名作『変身』は子供の頃の課題で読んだが記憶に薄く、大好きな伊集院光さんの番組で取り上げられていた事から再び手に取ることになった。
 冒頭の一節で不条理の特徴全てが端的に表現されている。
「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変っているのを発見した」
 私たちは人生の中で遭遇する悲劇の殆どを、一年前、一週間前、前日に、少しでも予想出来ただろうか。
 ある日突然訪れる。それこそが不条理。
 人間は起きる全ての出来事に悪い事の次には良い事があるとか、これは試練だ、バチが当たった等と意味を付け乗越えようとするが、自然界の法則に従い雨や雪が降るように、意味など無く淡々と物事が連続するだけだ。
 この乾いた事実は『変身』を通して苦悩の時には私のお守りとなった。

img_202104_20_4.jpg  不条理小説が続いたから、次は前向きな一冊を。私が好きな哲学者、ショーペンハウアーの『幸福について』。
 烏滸がましくも初めて彼の思想に触れたとき、今まで腐るほど考えてきた人間・死・世の中についてが彼の思想と合致して、自分はひとりではなく偉大な先人がいたのだと胸が高鳴った。
 幸福についての指南書は数多あるが、この本は至極真っ当な事実を分析しただ淡々と論じている。
 人間には「人の有するものについて」「人の与える印象について」「人のあり方について」の三つの根本規定があり、この中で「人のあり方」つまり人柄こそが誰にも奪われず絶えず活動する力をもつという。他の二種は相対的な価値だが人柄の価値は絶対的なもので、例えば哲学や芸術を追求し続けるものは快楽を自分の中で作り出すことが可能となり次第に孤独を歓迎するようになると述べている。
 わかっていてもやめられないのが相対的な価値による一時的な快楽だが、この事実を認識しているのといないのとでは苦悩への対処の仕方がかなり変わる。
 私は今はまだ一時的な快楽もある種楽しもうと思うが、歳を重ねる自分への投資として徐々に絶対的な人の在り方を追求する努力をしている。
 以上が私の選ぶ三冊だ。
 最高の本に出会った時、同じ苦悩を抱えて生きた人がいること、そしてそれを読んで感銘を受けた読者が数多いると実感し、自分はひとりではないという事実に強く励まされる。
 自分も作品を通して微力でも誰かにとってのそういう存在になりたい。

 (ゆきした・まゆ アーティスト)

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