書評・エッセイ

2021年5月号掲載

うんこぼれ話

『うん古典 うんこで読み解く日本の歴史

大塚ひかり

対象書籍名:『うん古典 うんこで読み解く日本の歴史
対象著者:大塚ひかり
対象書籍ISBN:978-4-10-335094-1

 うんこの本を出したい。何十年も前からそう言い続けてきました。うんこ本を出すことはいわば長年の夢で、今回、その名も『うん古典 うんこで読み解く日本の歴史』というタイトルの本が出る運びとなり、夢が叶ったわけですが、夢といえば、寝て見る夢......文字通りの夢の中でも、うんこが出てきたことが何度かあります。
 印象的だったのが、高さ20メートル、径5メートルくらいの巨大なドラム缶で大量のうんこが煮られている夢です。生まれ育った町にあった公園にドラム缶が置かれているという設定で、なぜか汚い感じはしませんでした。
 ネットの夢占い(夢合わせ)によれば、うんこの夢は金運上昇の吉夢といいます。「うんがつく」といった日本人お得意の語呂合わせによるのかと思いきや、知人に聞いた話によると、おばあちゃんがうんこの夢を見て以来、羽振りが良くなった、と語っていたエストニア人がいるといい、意外とグローバルなもののようです。
 本書でも触れたように、神話には、女(神)が排泄物として財宝や食物を出して殺されたり、その死体から財宝や食物を分泌したりするという話型があり、昔話(民話)にも、海中の女からもらった黒猫が糞として出す黄金によって、貧乏人が金持ちになるという話があります。江戸時代には長屋の住民の排泄物を大家が金に替えていたのも知られた話で、古今東西、うんこは「富」と結びついていました。
 しかし、先の私の夢で問題なのは、うんこが煮られていたという点です。
 思うにこれ、同じく本書で紹介した、うんこ地獄のことが頭の隅に残っていたのでしょう。うんこ地獄というのは、平安中期に書かれた『往生要集』に出てくる地獄で、正確には、"等活地獄"に附随する別処の一つ"屎泥処(しでいしょ)"のことです。屎泥処は読んで字のごとく、うんこの泥沼。そこには"極熱(ごくねち)の屎泥"があり、"その味、最も苦し"と、うんこの味まで描写されている。罪人はこの地獄の中で、熱屎を食(くら)いながら、集まって来た虫たちに噛まれ、肉を食われ、骨の髄を吸われるという、とんでもなくつらい地獄です。
 熱々のうんこを食いながら、虫にカラダ中を食われるとは、どれだけ重い罪を犯したのかという感じですが、屎泥処は生前、鹿や鳥を殺した者が行きます。もちろん動物殺しの罪も重いとはいえ、そもそもの屎泥処の属す等活地獄は八大地獄の筆頭ですから、比較的軽い罪を犯した者たちのための地獄です(ちなみに最も重い罪を犯した者が堕ちるのが八大地獄の最下層にある無間地獄で、親殺しや聖者殺しといった五逆罪を犯した者が行きます)。
 詳細は本書を読んで頂くとして......うんこ地獄のことは大学時代、初めて『往生要集』を読んだ時から深く胸に刻まれていました。今回、『うん古典』を書くにあたり、改めて『往生要集』を読み返し、夢に見たのでしょう。けれど、先にも書いたように、うんこの夢は吉夢なので、良しとしています。
 そんなわけで、皆さんも『うん古典』を手にし、読んで頂いて、うんこの吉夢を見て頂ければ、と。
 ただし、良い夢は、あまり人に語ってはいけないんですよ。本書で、清徳僧(せいとくひじり)という尊い聖が大食いで、京の小路に大量のうんこを垂れ流していたという鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』の話を紹介しました。実は、聖の後ろには、餓鬼や鳥獣が無数にくっついていて、そいつらが食べたりうんこを垂れ流したりしていた。それが、常人の目にはすべて聖の仕業に見えていたものの、右大臣藤原師輔(道長の祖父)だけに、真実が見えたという話です。
 平安後期の歴史物語の『大鏡』には、この師輔の夢の話があって、それは朱雀門の前で、左右の脚を広げて西と東の大宮通りに踏ん張り、北向きになって内裏を抱きかかえて立っていたというもの。凄い吉夢であったにもかかわらず、それを聞いたお仕えする女房が「どんなにお股が痛くていらしたでしょう」と言ったため、師輔の子孫は栄えても、自身は摂政・関白になれずじまいだった、といいます。素晴らしく縁起の良い夢でも、悪い夢合わせをすると、外れてしまうわけです。
 なので、うんこの夢を見ても、人に言わないほうがいいのです。言ったとしても、「余計な感想は言わないで」と付け加えることを忘れずに。

 (おおつか・ひかり 古典エッセイスト)

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