書評・エッセイ

2021年5月号掲載

古代史の真実が見えにくい理由

関裕二『古代史の正体 縄文から平安まで

関裕二

対象書籍名:『古代史の正体 縄文から平安まで
対象著者:関裕二
対象書籍ISBN:978-4-10-610902-7

 今年は筆者にとって作家デビュー30年の節目に当たる。その間、古代史の研究は進み、多くのことがわかってきた。しかし、それが国民に正しく伝わり広まっているかと言えば、とてもそうとは思えない。それには、いくつかの理由が考えられる。
 たとえば、筆者は邪馬台国論争にはあまり大きな意味はないと考えている。そもそも邪馬台国が登場する「魏志倭人伝」の文面をいくら読んでみても、その所在地は特定できない。一方、考古学はヤマト建国の詳細を、すでに解き明かしてしまった。今日の日本につながる国家が、3世紀の奈良盆地にできたことははっきりしたのだから、答の出ない論争に時間を費やしても得るものは少ない、というのが筆者の立場だ。
 ただ、邪馬台国が障害となって、古代史の真実に迫れないとすれば話は別だ。邪馬台国論争は明治以来、東大閥中心の北部九州説と京大閥中心の畿内説が争い、学界では近年は畿内説が優勢となってきた。ただ、畿内説が成立するには、「魏志倭人伝」の記述にある邪馬台国に至る方向を「南」から「東」に読み替えることが条件となる。部外者からみるとあまり説得力のない「定説」だ。
 ヤマト建国の地である纏向(まきむく)遺跡の発掘が進むと、東海地方の土器が多く出土し、ヤマト建国には東海地方を支配した勢力の影響が強いことがわかってきた。ところが、邪馬台国畿内説が正しいとなると、東海地方には邪馬台国と敵対していた「狗奴国」がいたこととなり、ヤマト建国に影響力を持ったという見方と矛盾してしまう。そこで学界がどうしたかと言えば、東海地方の影響を無視、ないし軽視するという態度をとり続けたのである。これでは古代史の真実にはたどり着けない。
 なぜこのようなことになってしまうのかと言えば、学閥が代々主張してきた説を、個々の研究者が覆すのは難しいからだ。昨今は学者たちの研究分野がさらに細分化する傾向にあるため、大きな仮説、物語を打ち出せないという問題もある。
 また、大陸・半島から稲作とともに弥生人が日本列島に来て、日本文化の基層を作ったとかつては学校でも教わった。しかし最近の研究では、日本に稲作が伝わったのは紀元前10世紀後半で、それ以前から存在した縄文文明とゆっくり融合してきたことが分かってきた。それでも弥生文化が日本の基層という思い込みがなくならないのは、大陸・半島の文化を必要以上に尊重する左翼史観の影響がまだ払拭されていないからかもしれない。
 このように、日本古代史の真の姿は、様々な障害物によって、見えにくくなっている。本書はそれを取り払って、これまでの教科書的な歴史観を新常識でひっくり返していく通史である。
 神武天皇の存在をどう理解すべきか、聖徳太子は本当にいたのか、『万葉集』の本質とは何なのか、北近畿「タニハ」の重要性とは――。我が国の『古代史の正体』を是非見極めていただきたい。

  (せき・ゆうじ 歴史作家)

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