書評・エッセイ

2021年8月号掲載

エリート中のエリートの素顔とは?

岸宣仁『財務省の「ワル」』

岸宣仁

対象書籍名:『財務省の「ワル」』
対象著者:岸宣仁
対象書籍ISBN:978-4-10-610916-4

思い起こすと、初めて大蔵省(現財務省)の記者クラブである財政研究会(略して財研)を担当してから、今年でちょうど四十年の歳月が流れた。この間、彼らエリート官僚たちとさまざまな会話を交わしてきたが、ある時、幹部の一人がふと漏らした言葉が今も鮮明に胸に残っている。
「なんでそんなに、うちの組織や人事に興味を持つの?」
 その問いにどう答えたかは忘れてしまったが、さりげない問いかけの裏に、「我々の聖域に土足であまり踏み込まないでほしい」というニュアンスを嗅ぎ取り、一瞬ぎくりとした。この幹部がそこまで意図したかどうかはわからないが、官僚と記者とを隔てる見えない壁が厳然と存在しているように感じられた。
 そんな彼らの聖域に、一歩でも近づきたいと悪戦苦闘してきたのがこの四十年間であり、本書はいわばその集大成といっても過言ではない。どこまで肉薄できたかは読者の評価に委ねるとして、今まであまり触れられることのなかった彼らの真の姿に、初めて踏み込んだささやかな自負がないといえば嘘になる。
 例えば、「出世の三条件」では、事務次官を目指す出世競争の背後に見え隠れする好対照な人物像にスポットを当てた。若い頃はピカピカの次官候補だった人が最後の詰めの段階で失速する一方、中堅クラスまではそれほど目立たなかった人が局長級に昇り詰める中で、まさにいぶし銀の光を放ちながら次官の椅子に辿り着く。そうした鮮やかな対比がなぜ起こるのか、興味ある読者は本書をぜひ手に取ってもらえればありがたい。
 もう一つ、財務省の次官経験者といえばエリート中のエリートであり、大学受験や公務員試験をすべて無傷でパスしてきた人たちと想像しがちだが、それが意外とそうでもない。戦後の入省者の中から就任予定まで含めて三十六人の次官が誕生したが、現役が三九%、一浪相当(留年や休学を含む)以上が六一%にのぼり、ほぼ六割が何らかの回り道をしている。
 さらに、一九九〇年代後半の大蔵省不祥事以降、辞め急ぐ若手官僚が目に見えて増えてきた。不祥事がピークに達した九七年入省組は、十九人の採用者のうちほぼ半数の九人がすでに辞めた。「財務官僚」という霞が関の最高ブランドも堕ちるところまで堕ちたという印象が拭えない。
 最後に、本書を通奏低音のように流れる「ワル」の文化に一言言及しておきたい。一八八六(明治十九)年の大蔵省確立以来、東大法学部卒の中で「勉強もできるが、遊びも人一倍できる」人物が出世頭ともてはやされ、より上のポストに就いた。そうした蛮カラ気質が過剰接待汚職事件や次官のセクハラ騒動を生む土壌となったわけで、財務省も百数十年の悪しき伝統から脱皮すべき時期に来ている。

 (きし・のぶひと 経済ジャーナリスト)

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