書評

2021年9月号掲載

著者インタビュー

女の呪いを解く物語

『果ての海』

花房観音

世間の押し付ける価値観にさよならを。ベテランのストリッパーが教えてくれたこと。

対象書籍名:『果ての海』
対象著者:花房観音
対象書籍ISBN:978-4-10-120585-4

ある強烈なパンフレットが全ての始まりなんです。旅行会社で働いていた時にもらった石川県山中温泉のコンパニオン宴会のパンフレットだったんですが、女体盛りとか女相撲とか、お風呂で女の人が水着で背中を流してくれるサービスとか、写真付きで載っていて。あまりに面白いから、二十年くらいずっと持っていました。
 何でそんな話になったのかよく覚えてないけど、担当編集者にパンフレットをスキャンして送ったら、すごいウケたんですよね。ケタケタ笑いながら、「これ小説にしたいな」って彼が言ったんです。
 その後に連載の話になった時に、そういえばそんなこと言ってたなと思い出しました。元々、男の人たちは何でコンパニオンに嬉しそうに高いお金を出すのか興味もあって。それで、コンパニオンが出て来る小説を書くことになりました。石川県でなく福井県の芦原(あわら)温泉を舞台にしたのは、仕事で行っていて土地勘があったのと、東尋坊や永平寺、北陸唯一のストリップ劇場があるのが土地として面白いと思ったからです。
 あと、北陸といえば、じゃないんですが、ぼんやりと福田和子のことも頭にありました。殺人を犯して顔を変えて長年に亘って逃げ、石川県の和菓子屋さんの内縁の妻になったりしたものの、バレそうになってまた逃げて、最終的には福井県で捕まりましたよね。福井県のビジネスホテルに長期滞在していたとか……。
 元々、事件のノンフィクションが好きで、特に女の犯罪者に興味があります。欲望っていうのは人間の弱さで、犯罪はその弱さがあからさまになったものだと思うんです。女性の犯罪者は他の人より自分に正直なのかな、と感じたり。いい人よりも悪い人の方が面白く感じるんですよね。
 そんな風に、コンパニオン、北陸、逃亡する殺人犯の女、といった具合に話が出来上がっていきました。
 主人公の圭子(けいこ)は、ずっと世話になってる男に助けられたと思い込んできたけど、実はすごく支配されて抑圧されていたんだと物語が進む内に気づいていきます。彼女の変化の過程には、自分の体験が反映されているんです。
 私は二十代の時に支配的な男と長いこと関わっていました。その男にお金を貸していた上に、彼が怒っていると自分が悪いんだろうと反省したり。自分はダメな女だから気にかけてくれてるのはこの人しかいないと思ってしまっていて。今考えれば、若いんだし、男なんて星の数ほどいると思うけど、保守的な土地で育ったこともあって、男にとって都合のいい価値観を植え付けられていたんですよね。自分は悪くなかったと気づけたのは、随分後のことです。
 登場人物のうち、レイラには実在のモデルがいます。相田樹音さんというストリッパーです。その方と出会ったのは本当に偶然で、上野のストリップ劇場に行った時に、たまたま彼女が喋っているのを聞いたら、桜木紫乃さんの話し方に似てると思ったんです。後で調べてみると、桜木さんと同じ北海道出身で、更に桜木さんと対談されているのをみつけて。その人を観に別の劇場に行って、「桜木さんの知り合いです」とご挨拶してみたんです。そしたら、「芦原の劇場によく乗ってるから、よかったら一度来て」と言っていただいて。
 それが初めてあわらミュージック劇場に行ったきっかけです。相田さんに誘ってもらって、劇場に入る前に芦原の駅前の屋台村にもご一緒しました。ご年齢的にお若い方ではありませんが、背筋がピンと伸びて、すっぴんだけど生活感がなくて、「普通」の人じゃないなと。すごく絵になってたんですよ。ベテランの踊り子さんが北陸の屋台のカウンターに座ってる、その光景を描きたいと思っていました。
 あと、彼女を見ていて思うところもあって。結婚をして子供を産むのが女の幸せと言われていて、自分もその価値観の中で育ったけど、彼女は人前で裸で踊って、沢山のファンに愛されている。そういう女の幸せだってあるわけですよね。一般的に言われる幸福とは価値観の違う幸せを持っている女の人を描きたいなと。物語の中では、圭子が背負っている罪悪感を壊す人という位置付けでもあります。
 私自身も結婚が遅かったり、世間の求める「まとも」な人生を歩まなかったので、周りからあれこれ言われることがありました。女の人は、独身であっても、結婚しても、子供を産んでも何か押し付けられる。こうあるべきだという呪いを社会がかけてくるんですよね。書くことで、少しでもそんな呪いを吹き飛ばしていけたらと思っています。
 (談)

 (はなぶさ・かんのん 作家)

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