インタビュー

2021年10月号掲載

貫井徳郎『邯鄲(かんたん)の島遥かなり』刊行記念インタビュー

百五十年の「人生の物語」

貫井徳郎、末國善己

明治維新から現代まで、島に生きた一族を描く超大作『邯鄲の島遥かなり』。全三巻、三ヵ月連続刊行の驚異の大河小説は、いかにして紡がれたのか。そこに込められた思いは?書き上げる苦労は?

対象書籍名:『邯鄲の島遥かなり』上・中・下
対象著者:貫井徳郎
対象書籍ISBN:978-4-10-303873-3/978-4-10-303874-0/978-4-10-303875-7

――ミステリーを中心に書いて来られた貫井さんが、ここまで本格的に歴史を描くのは初めてだと思います。どうして近代日本を描こうという発想が出てきたのでしょうか。

貫井 もともとタイムスパンの長い話が好きなんです。僕は小説では『百年の孤独』くらいしか思いつかないのですが、たとえば手塚治虫の『火の鳥』とか、スケールの大きい長い話が好きだったんです。『ジョジョの奇妙な冒険』なんかも、好みの設定だなと思っていました。なので、自分でも書きたいと考えていたんですが、当然、歴史の勉強もしないといけないので、自分には無理かなと半ば諦めてもいたんです。これを書き始めたのが六年前なんですが、当時、僕は四十七歳で――末國さんと同じですよね?

――僕も一九六八年生まれです。

貫井 僕らの生まれた年は明治百年ですね。ということは、五十歳になる年が明治百五十年。ちょうどキリがいいから、明治からの百五十年間を通じて、一族が代替わりしていく話を書こうと思い立ったんですね。この明治百五十年のタイミングを逃すと、もう無理だなと思って、エイヤって書き始めたんです。

――物語の舞台は神生(かみお)島といって、伊豆大島をモデルにした島です。どうして、島を舞台に選ばれたのでしょうか。

貫井 もともと最初の発想は、スチュアート・ウッズの『警察署長』だったんです。あれは三代の警察署長の話ですよね。それで、どこかの地方都市で、と考えたんですが、地続きだと、一ノ屋という独特の風習が成立しにくいんです。はっきりと範囲が限定されないと無理だなと気付いて、島にしました。

――神生島が、日本全体の象徴みたいに描かれていると感じました。だから、あえて島を選ばれたのかなと。

貫井 うーん、それは作劇の都合ですね。むしろ島にしたせいで、日本の歴史の縮図にしにくかった面もあります。

――関東大震災でも戦争でも、島ゆえに情報のタイムラグが起こりますね。それがサスペンスを生んだりもします。

貫井 そもそも水道が通るのが戦後になってからとか、伊豆大島の場合、そんな感じなんですよ。むしろ、よく電気が通っていたなと感じるくらいで。戦前から発電所があったので、水道より先に電気は通っていたようです。そんな切り離された状況なので、話を作る上では、やりやすい面とやりにくい面の両方があるんです。たとえば、この島で、どのように戦争を描けばいいのか、悩んだりもしました。でも、舞台を島にしたことによる面白さも結構あって、選択としてはよかったなと思います。

ラストだけは最初から決めていた

――全三巻、第一部から第十七部まで、エピソードが変わるごとに主人公が変わり、時代も移っていきます。この書き方は、手間も時間もかかって大変ではなかったですか。

貫井 その苦労は全くなかったですね。むしろ自分でも、次はどんな話でどんな主人公になるんだろうと、楽しみながら書いていました。一つのエピソードが百五十枚から二百五十枚くらいで、中編といえる長さです。このくらいのペースが書きやすかったですね。

――エピソードごとにジャンルを変えているのかなと思いました。ビジネス小説系だったり、女性解放の政治ドラマだったり、恋愛小説だったり。エピソードごとにジャンルを変えようというのは、意図的だったのですか。

貫井 いや、意図的じゃないですね。むしろ自分としては、同じようなトーンになってしまったかなと心配していたのですが、僕の印象よりは、バラエティに富んでいたみたいで安心しました。

――中巻は割とミステリー色が強かったかなと。それは意識されていたんですか。

貫井 それも、たまたまですね。そんなに事前の構想ってないんですよ。そんなにというか、ほとんどないんです。一つのエピソードに、構想メモは一行もない。一言という感じです。「新興宗教」とか、「宝探し」とか、構想メモはそれだけしか書いてないんですよ。

――僕は中巻では「人死島」が好きです。すごく悲惨な話に始まって、それが町おこしにつながるという意外な展開で。全体に悪い人が出てこないので、それもよかったなと。

貫井 基本的にユーモラスに書いているので、悪い人が出てきても、絶対的な悪ではないですね。軽くて、さくさく読める話ですよ、ということは強調しておきたい(笑)。

――下巻では、突然スポ根ものが始まって驚きました。

貫井 あの辺になると、これまで書いてなかったジャンルをと考えて、スポーツ物になりました。高度経済成長期の話なので、やっぱり野球だろうと。王、長嶋の時代ですね。

――下巻の最終話は、非常にいい終わり方でしたね。

貫井 最後だけは、事前の構想通りなんですよ。連載前から決めていて、あのラストに向けて、長いマラソンをしていたような感じですね。

大河小説を読む楽しみ、書く苦労

――伊豆大島の歴史を踏まえ、日本の歴史も踏まえというところで、苦労されたんじゃないかと思いますが。

貫井 近代から現代に近づくにつれ、慎重にはなりましたね。その時代を実際に体験し、記憶している人が増えてきますから。時代が下るに従い、実際の出来事に言及することが増え、調べる量がどんどん増えていった感じです。

――前のエピソードに出てきた人が、後のエピソードにちらっと出てきたりするじゃないですか。年表とか作りながら書かれたのかなと思ったんですが。

貫井 違うんですよ(笑)。だから本にする時は、た・い・へ・んでした。矛盾だらけで、辻褄を合わせるのが大変。校了間際になっても、年齢のチェックが入ったりして。僕は、ミステリーでも緻密に伏線を張ってというタイプではないので、今回のような、こういう話の方が向いてますね。

――伏線をしっかり回収しているエピソードや、ロジカルな分析が展開されるエピソードもありましたよ。各巻に系図も出てくるので、事前に緻密に考えて書かれたのかと。

貫井 あの系図も、連載が終わってから考えたんです。僕は、ミステリーでも冒頭に系図が出てくると嬉しくなる。下巻になると、巨大な系図になるじゃないですか。大きな系図が出てくる話が書けて、すごく満足しています。

――絶妙なタイミングで以前の登場人物が出てきたり、前のエピソードが、別の人物の視点からは、全く変わって見えたり、そういう面白さが、たくさんありました。

貫井 書いている時は楽しかったんですけど、後で大変でしたね。たとえば第六部と第七部は、連載中は、同時進行している話として書いていたんです。ところが、よく考えてみると、一方で起きている歴史的な出来事が、一方では起きていないことになっている。これはまずいと思って、時間をずらしました。もうこんなことばっかり。

――やっぱり苦労されたんですね(笑)。女性解放のテーマがよく現れるのは、意識されましたか。

貫井 それも意識していなかったんですよ。中巻の最後のエピソードで、男女の役割分担に疑問を持つ少女の話が出てきますが、本にする時に読み返して、こんな話を書いていたのかと驚いたくらいです。本当に意識していたわけじゃないんですけど、よく戦時中の話で男女平等をやったものだと思いました。自分の中で、自然に出てきたんです。

――多様性がモチーフのエピソードが他にもありますね。

貫井 それも自分の感覚が自然ににじむところかなと思います。ただ、上巻あたりだと、時代性を無視するわけにもいかないので、今の感覚ではNGなことも多くなるんです。だって、すごくいい男が現れて、島の女が次々と――あらすじだけ聞くと、ひどい話じゃないですか。女性の読者に、どう読んでもらえるか、ちょっと心配しています。

本当に書きたい物語が書けた

――才能のあり方というか、自分が今いる場所でどう生きるかという問いかけが、全体に共通していた気がします。

貫井 そう、才能がある人と、ない人の話なんですよね。第一部と第二部が特別な人の話で、第三部は特別じゃない人の話になって、そこで自覚したというか。これは特別な人と平凡な人とのコントラストの物語で、でも平凡な人だからといって意味がないわけではない。みんな自分の人生を生きているというのが、全体のコンセプトになるかなと、第三部を書いて気付いたんです。

――考えさせられる話が多かったですね。

貫井 特に第五部の「夢に取り憑かれた男」の話とか、小説家志望の人が読んだら、胸に突き刺さるのではと思いますね。僕自身が、一歩間違えば、ああなっていたかもなと思いながら書きました。

――これで、やりたいことはやり尽くした感じですか。

貫井 この作品については、そうですね。完全燃焼です。僕は自分の作品を自己評価して百点をつけたことはありませんが、今回は百点つけられますね。デビュー当時から、自分の作品に百点つけたらおしまいだなと思っていたので、僕、おしまいですね(笑)。でも、本当に書きたい話が書けて、大満足です。

――貫井さんの中で、この作品は、どういう位置づけになるんでしょうか。

貫井 そうなんですよ。これが代表作とすると、今までやってきたことは何なんだということになりますからね。作者名を伏せて出したら、絶対に貫井徳郎だとは誰も思わない。だから、これまでの集大成では全くなくて、新しい面をお見せしたという感じです。こういうのをまた書いてくれと言われても困るんですけど……。長いのを書いていると、なかなか本が出なくなるんですよね(笑)。


 (ぬくい・とくろう 作家)
 (すえくに・よしみ 文芸評論家)

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