書評
2022年4月号掲載
すべてのルールに通底する一つの精神
藤井貴彦『伝わる仕組み 毎日の会話が変わる51のルール』
対象書籍名:『伝わる仕組み 毎日の会話が変わる51のルール』
対象著者:藤井貴彦
対象書籍ISBN:978-4-10-354431-9
「不用意な言葉で相手を傷つけ、そのことで自分も傷つく。コミュニケーションでの悩みは尽きません。
なぜ思い通りに言葉が届かないのか、どうしたら届けられるのか、その仕組みがわかれば、アクシデントを大幅に減らせます」
著者のこの問題意識のもとに、本書では「毎日の会話が変わる51のルール」が示される。
そのルールは、日常会話のみならず、会議やプレゼンなどの様々なコミュニケーションの場面でも活用できるものである。また、ルールのひとつひとつが実用的なものばかりだ。それは当然といえば当然で、著者の藤井貴彦氏は日本テレビのアナウンサーであり、話すことにかけてはプロフェッショナル。しかも、毎年、新人研修を担当されているそうで、その研修内容についても適時、紹介されている。さらに、日々アナウンサーとして仕事をする中での舞台裏の話なども登場し、楽しみながら学べる一冊である。
さて、この「51のルール」からいくつか紹介してみよう。
まず、「言葉を『試着』してみる」というルール。
相手に何かを伝えようとする時には、「もし、誰かからその言葉を言われたらどんな思いになるか、自分にあてがってみる」というルールである。
この「ひと手間」をかけることの重要性は、いくら強調してもしすぎることはない。特に現代社会ではあらゆる物事が猛烈なスピードで動いているので、我々の心の余裕はなくなりがちである。ついつい思ったことをそのまま口に出してしまう。また、今日では人々の価値観もかつてないほど多様化しているので、良かれと思って言ったことが相手を傷つけるようなこともあるだろう。その先にあるのは気まずさ、衝突、炎上でしかない。
誰かに何かを言う前に、「その言葉は狙い通りメッセージを運んでくれるだろうかと再確認することで、後悔のない言動につながる」という著者のアドバイス。心掛けたいことである。
次に「メッセージにも『味の調整』を」というルール。
藤井氏は、「伝わる仕組みの一つとして大切にしているのは、『うす味を目指す』ということです」と言う。
ここでいう「うす味」とは、言葉に味の調整をする余地を残しているということ。我々の感情は「強めに出ることがあるので注意が必要」なのだ。
また、「話すスピードに思いやりを」というルールも、再認識したい点である。なかなか自分では気づかないからだ。誰かに思いを伝える時は、話すスピードを大切にする。それは、ゆっくり話すとやさしいトーンになり、速く話すほどトーンがきつくなる傾向があるからだ。
だから藤井氏は、新人アナウンサーの研修で、「もっとゆっくり」「もっとかみしめるように」と指導しているそうだ。「相手の立場で、スピード調整できるかどうか。それが伝わる仕組みの根幹です」と言う。
「アドバイスは出し惜しみするくらいで」というルールもある。
これは部下を持つ人は忘れてはいけないポイントだろう。著者は「いいアドバイスを持っている方ほど、『伝えすぎ』の傾向があります」と言う。どんなにおいしい食事でも、食べ過ぎてしまっては良さが半減する。誰かにメッセージを伝える時も同様で、「相手の腹八分を意識すると伝わりやすい」のだ。
そして「伝えたいことから順番に」というルール。
藤井氏は言う。「何かを説明する時に、私がまず手を付けるのは『伝えたいことの箇条書き』です。伝えたいことを思いつくままに書き出して、その優先順位をつけます。そしてその優先順位の『高いものから順番に』伝えていきます」
これも覚えておきたい大事なポイントだろう。このルールを心掛けることで、無駄な話がなくなり、相手に知らせたいことが明確に、そして確実に伝わる。話の途中で邪魔が入っても、被害は少なくなるはずだ。
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アナウンサーは、一瞬一瞬、失敗が許されない緊張感のなかで、視聴者に「伝える」という仕事をする。その際に必要なのは、やはり基本、原理原則を大切にすることなのだと再認識した。
最後に一言。本書で示されている「伝わる仕組み」は「話す」時のみならず、「書く」時も含め、あらゆるコミュニケーションに通用する心構えである。ビジネスコミュニケーションに必須の、常に相手の立場を考えるという「you-attitude」の精神が貫かれているからである。
(はしもと・ただあき 「TOPPOINT」編集長)