書評

2022年10月号掲載

千早茜『しろがねの葉』刊行記念特集

その場所で生きる、という選択

大矢博子

対象書籍名:『しろがねの葉』
対象著者:千早茜
対象書籍ISBN:978-4-10-334194-9

 時は戦国時代末期。
 秀吉の唐入りへの徴用と凶作が重なり、貧しさに耐えかねた一家が村の隠し米を盗んで夜逃げを画策した。しかし追っ手に見つかり、幼い少女・ウメは両親とはぐれてしまう。道に迷ったウメが入り込んだのは、石見国(いわみのくに)、仙ノ山(せんのやま)と呼ばれる銀山の間歩(まぶ:坑道)だった。
 ウメはそこで、カリスマ的山師の喜兵衛に拾われる。喜兵衛はウメに銀山の知識と鉱脈の在処、そして山で生きる知恵を授け、自らの手子(てご:雑用係)として間歩に出入りさせた。もともと夜目の利くウメは暗い間歩の中で重宝されるが、本来、銀掘(かねほり)は男の仕事。女性として成長していく中、ウメは女であるがゆえに制限されることの多さに悩むことになる――。
 千早茜、初の歴史小説である。
 舞台となるのは世界遺産にも登録された石見銀山。戦国時代から江戸時代前期にかけて、世界を動かすほどの産出を誇った鉱山である。大航海時代には海外にもイワミの名が知られ、一時は世界の銀の産出量の三分の一をこの石見銀山が賄ったという。
 世界が云々という具体的な知識は現場の人間にはなかったろうが、それでもシルバーラッシュに沸いていたことは間違いない。そこには報酬を求めて人が集まった。自然に左右され、収穫したものも年貢で持っていかれてしまう農村に比べ、銀山の掘子(ほりこ)となれば米の飯が食べられるのだ。もちろん危険と隣り合わせの仕事だし、厳しい規律や統制は当然。だが惹かれないわけがない。
 山で働くことに魅せられ、敬愛する喜兵衛に認められたくて、ウメは手子として成果をあげるよう頑張る。しかし初潮が訪れたときから、彼女は間歩に入ることを禁じられてしまう。のみならず、卑猥な目を向ける男も、乱暴を働く男もいる。そして幼い頃からウメをライバル視していた隼人から「年頃のおなごがこがな山奥に一人でおったらいけん」「俺を頼ってほしいんじゃ。俺はお前を助けたい」と言われるに至り、ウメは現実を知るのだ。
 好きに生きたいと思っていた。それができると思っていた。けれどそうではなかった。「女は男の庇護の許にしか無事でいられないのか。笑いがもれた。莫迦莫迦しい、好きになど生きられないではないか」
 なんと悲痛な言葉だろう。能力はあるのに、活かす道がない。隼人のことは好きでも、守ってもらって生きたいわけではない。自分のやりたいことをやりたいだけなのに、女であるというだけでその道が閉ざされる。
 しかしそれだけなら、乱暴に言ってしまえば「よくある話」だ。本書の読みどころはその先にある。
 作中に「銀山(やま)のおなごは三たび夫を持つ」という言葉が出てくる。粉塵と瘴気の中で仕事をする掘子たちは長生きできないのだ。遅かれ早かれ肺を患って死んでいく。事故死もある。夫に先立たれた女は他の男に嫁ぐ。それは生活のためだけではない。将来の働き手となる子を産むためであり、「男は女がいなければ生きられない」からだ。
 早死にすることがわかっていて、それでも山に穴を穿つことをやめない男たち。それを止めたくとも、止めることができず、ただ弱っていく夫を看取る女たち。ウメは自らもまたその運命の渦中に身を置き、男が女に求めるものは何なのか、女が男にしてやれることは何なのか、ひいては生きるとは何なのかを考えるのである。
 この当時、女だから排除されるということはもちろんあったが、時代の覇者が秀吉から徳川へ移ったことで銀山にも変化があったことに注目。採掘はシステム化され、亀裂に過ぎなかった間歩も効率化のため整備された。それがさらに男たちの死期を早めた。従来のやり方が続けられなくなり、「職人芸」が途絶えた。社会や政治に翻弄されるという点では、男も女も同じなのだ。その中でウメが選んだ道を、どうかじっくりと噛み締めていただきたい。
 掘子たちよりもさらに早死にすることが珍しくない女郎たち、女でありながら男装で踊ることを思いつく旅芸人のおくに(もちろん出雲阿国だ)とその弟子、異国から流れてきたふたりの男の異なる人生などなど、さまざまな立場の人が登場するのも読みどころだ。彼らはウメに、それぞれ異なる人生の形を見せる。これらの交流がウメに与えた救いや癒しは、そのまま読者の救いにもなるだろう。
 これは抵抗と受容の物語であり、慟哭と救済の物語だ。
 親と離れ、行きたい道にも進めず、男に凌辱され、愛した者には先立たれる。それでもなぜウメは生きるのか。男たちはなぜ死ぬとわかっていて間歩に向うのか。ウメは見続けるのだ。間歩で繰り返される短い人の生を。
 世界に名の知られた銀山であっても、そこで働き、命を落とした者の名前は残らない。けれど彼らは確かにそこにいた。自らの意志で、いることを選んだ。
 その銀山もとうに役目を終えたが、歴史の遺産として、名もなき多くのウメや喜兵衛や隼人がいたことを、私たちに伝えているのである。


 (おおや・ひろこ 書評家)

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