インタビュー
2022年10月号掲載
『家裁調査官・庵原かのん』著者インタビュー
裁判所の中の「人間らしい」人たち
8月に新刊『家裁調査官・庵原かのん』が発売されたばかりの乃南アサさん。取材・構想に長い期間をかけて新たな女性主人公を生み出した乃南さんが、この作品を通して伝えたかったこととは?
対象書籍名:『家裁調査官・庵原かのん』
対象著者:乃南アサ
対象書籍ISBN:978-4-10-371016-5
――警察官や弁護士などと比べて、家裁調査官は世間一般にはあまり馴染みのない職業だと思うのですが、今回、この物語を書こうと思ったきっかけは何でしたか?
元々は、東京家庭裁判所から家裁委員会の委員を頼まれたところ(2014年)から始まります。委員を2期務めさせていただいたのですが、他のメンバーの方は法曹関係ですとか福祉関係の方が多く、私だけ「作家」という離れた職業で、これは場違いなところに来てしまったなと思いました(笑)。
ただ、家裁委員会に参加している間に、家裁調査官の方々の存在の貴重さをすごく感じるようになったんです。正直なところ、それまで家裁調査官のお仕事を全然知らなかったのですが、裁判に関わる当事者のことをこんなにも考えてくれる人がいるのだと心が動かされました。裁判所という普通は行きたいとは思わない場所に、とても人間臭く働いている、実に「人間らしい」人たちがいることを知って欲しいという思いがきっかけになりました。
――取材だけでも2年以上、構想から執筆までは7年かけて、「小説新潮」2020年11月号から連載を始めていますが、実際執筆された時に大事にしたことは何でしょうか?
いつも「時代と人間」を描くことは大切にしていますが、特に今回留意したのは話が重たくならないようにすることと、救いを描くことです。
書き始める前、構想の段階で幾つか調査官の物語を読んだりドラマを観たりしたのですが、どれも救いがなかったんですね。私が調査官や調停委員の方のお話を聞き、感じたこととギャップがありました。だから私は、主人公である家裁調査官のかのんや、かのんが関わる少年少女と家族を通して、過ちを犯した人が立ち直るきっかけや希望がここにはあるんだと書きたかったのです。
取材で調査官の方々からお話を聞き出すのは、最初はなかなか打ち解けていただけなくて容易ではありませんでした。
時間をかけて取材を重ねていくうちに人柄や仕事の仕方がわかってくるようになりましたが、おもしろいと思ったのは、どこの家裁でも職場の人間関係、雰囲気が良いということ。何かあったら「みんなで話を聞いてあげる」という空気があるようなんですね。それだけ個々の調査官のみなさんが大変な事案を日々扱っているということでもありますが、知れば知るほど興味深い発見があり、かのんの職場の設定にもそれは生かしています。
――そうして出来た本書の刊行記念に加え、「調停制度」が今年で100周年を迎えるということで、先日、乃南さんと調査官や調停委員の方々との座談会が東京家庭裁判所で開かれました(東京家裁のHPに掲載)。
既にこの作品を「小説新潮」で読まれていた調査官の方が、「調査官の心の動きや大切にしていることを的確に捉えているし、親子の関係や面接の緊張感がリアルで驚いた。どうしてこんな風に書けるのですか」と言われたのが印象深かったです。
書くからにはその道のプロが読んで「これは現実と違う、あり得ない」と思われたくないですから、現場の方からそういうお言葉をいただくのは本当にうれしいです。時間をかけて取材した甲斐がありました(笑)。
――収録作のうち、「パパスの祈り」について語った方が何人かいらっしゃいましたね。罪を犯した少年の父親が日系ペルー人、母親がフィリピン人であり、両親がほとんど日本語を話せないため、家庭内でどのようにコミュニケーションをとっているのかわからないという家族を扱っています。
「かのんが出しゃばらずに親子をちゃんと主役にして、親子関係の築き直し、または少年自身のやり直しのきっかけになれるように考えながら関わっている。まさに私たちが日々大事にしている考え方です」と、黒衣としての調査官の描き方に感激し、励みになったと。
「パパスの祈り」が人気ありましたね(笑)。中のお一人はここで書いた親子合宿を実際にやっている方だったので、「みんなに読ませてあげたい」と喜んでいただけました。
この短篇を始め、私が書いたお話はどれも決して大げさではなく、家裁は本当にどういう人が来るかわからない場です。調査官たちは捜査権もないまま、何があっても彼らから話を聴き出さないといけない立場なので、どんな相手とも同じ目線で接する「人間力」が求められます。心の深いところに触れて、互いに悩みながら、救いの道へと案内する。そういう調査官のみなさんの存在によって、かのんは生まれました。
(のなみ・あさ 作家)