対談・鼎談

2023年4月号掲載

『しろがねの葉』直木賞受賞×『きらきらし』刊行記念特別対談

ルールを破るかわいい不良に

千早茜 × 宮田愛萌

先日直木賞を受賞された千早さんと、高校生の頃にその著書に出会ってからずっと愛読しているという宮田さん。
大好きな千早さんの作品について、そして創作について語り合いました!

対象書籍名:『しろがねの葉』/『きらきらし』
対象著者:千早茜/宮田愛萌
対象書籍ISBN:978-4-10-334194-9/978-4-10-354941-3


『しろがねの葉』の推しは誰?

宮田 はじめまして。今日はかなり緊張しています。こんなファンに会うって気が重くないかなと。『しろがねの葉』の直木賞受賞、おめでとうございます。本当に嬉しかったです。

千早 ありがとうございます。こちらこそがっかりされないかなって思いながら来ました。よくツイッターでフォロワーの方が「宮田愛萌さんが千早さんの本を紹介していますよ」って教えてくれるんです。

宮田 勝手にブログなどで千早さんのご本について書かせていただいて。『しろがね』も何回も読みました。男性キャラクターの中では誰推しかを編集さんと話していたのですが、私は断然、ヨキ(主人公ウメを引き取った天才山師・喜兵衛に従う影)が好きです。

千早 ヨキ派が一番多いんですよ。

宮田 やっぱり、そうですよね! 千早さんは誰推しなんですか。

千早 私は龍(赤ちゃんの頃からウメが面倒を見ていた年下の青年)派です。花とかくれる穏やかな人が好きです。隼人(ウメとともに育った幼馴染の銀掘)派は意外と少なくて。でも男性からの人気は高いですね。まっすぐな男!みたいなところがいいのかなと。

宮田 隼人も好きなんですけど、推しにするには違うんです。物語の主軸として出てくるキャラとしては最っ高の最高なんですけど、推しではなくて。推しがいがあるほうが好きです。

千早 推しがい……。やっぱりアイドルがお仕事だったから、推す気持ちがわかるのでしょうか。昨日ちょうど、アイドルの方はファンの方の気持ちが想像できるんだろうかという話をしていて。

宮田 私はオタクだったので、どちらかというとファンの方の気持ちのほうがわかります。元々アイドルが好きでなりたいと思ってアイドルになる人が多いのではないかと思います。

千早 そうなんですか。私は人生で生身の人間を推すことがなかったので、推しの気持ちがあまりわからなくて。

宮田 いつでも推しが欲しいタイプと、そうでないタイプとに分かれますよね。

“ブックガイド”宮田愛萌

宮田 『しろがね』はなんで石見銀山を舞台にされたんですか。

千早 偶然旅行で訪れたとき、現地のガイドさんに聞いた、石見の女性は3人の夫を持ったという話に興味をひかれたんです。人生で3人も好きな人を看取るのはどんな感じだろうと思って書きました。今までと異色な作品なので、『しろがね』から入った人が他の作品をどう捉えるか不安はあります。

宮田 でもやっぱり表現とかは千早さんのカラーなので、この雰囲気が好きになったら、全部めっちゃ好きになると思います。

千早 そうですか? これを読んだあとに『男ともだち』とかの現代ものを読んだら「えっ」となりそうで。

宮田 確かにびっくりするかもしれませんね。『しろがね』の次は現代ものにいきなり行くより、『魚神』とかを読むのがいいかもしれないです。

千早 すごい、ブックガイドみたいになってる!

宮田 はい(笑)。ファンの方に、これを読んだんだけど次は何がいい?と聞かれるので、その次はこれかな、みたいな話をいつもしていました。

千早 ありがたいし、心強い(笑)。宮田さんはどの作品が一番お好きなんですか。

宮田 うーん、どれも大好きだから悩みますね……。でも、千早さんのナンバーワンをあえてあげるなら『魚神』です。以前「ダ・ヴィンチ」さんの好きな本を語るというテーマでインタビューを受けた時にも好き勝手に語らせていただきました。

千早 アイドルが勧めるにはなかなかハードですね。娼婦の話ですし。

宮田 そうですね、事務所にもちゃんと確認しました(笑)。あと、初めて読んだ千早さんのご本、『桜の首飾り』は思い入れがあります。

千早 『桜の首飾り』はデビュー前に書いた短編もいくつか入っています。バイトで疲れて帰ってきたときに家でノートに書いたものとか。今回、宮田さんの『きらきらし』を拝読して、この作品を書いていた頃のことをふっと思いだしたんですよね。

宮田 そうなんですか! 手に取ったのは本当に偶然だったんですけど、千早さんに出会った運命の1冊になりました。あの話たちが連作短編として1冊の中に連なっていることが幸せなんです。儚くて、美しくて、気高くて。

千早 嬉しいです。宮田さんは書くのと読むのはどっちが好きですか?

宮田 読む方が好きです。

千早 直木賞の授賞式で、小川哲さんが、最期の瞬間も多分自分は読者でいるだろうとおっしゃっていて、浅田次郎先生もそうだと。でも、私は書きたいんですよね。死ぬ前の視界がどんな感じかとか、息が絶えるその瞬間も可能なら文字にしたい。同じ物書きでも分かれるんだなと思いました。

宮田 読むことによって自分がどういう感情になるかが気になるんです。読み終わった後に、読む前と比べてどう自分が変わったかみたいなことも気になって、いつでも読んでいたいです。

千早 私は書いているときは文体が引きずられてしまうことが怖くて絶対読めない。読めるのは漫画くらいです。

通常帯と候補帯と受賞帯が欲しい!

宮田 『しろがね』の直木賞受賞の帯は持っていなかったので、そちらを今日編集さんにいただけたのが嬉しかったです。通常帯のかかった本は3冊持っていますが、候補帯の本は書店でもすぐ品切れになってしまって。

千早 え、帯が欲しいんですか?

宮田 やっぱりファンとしては、記念なので欲しいなと……。この本を1回目に読んだとき、この本を帯が変わってからまた読んだとき、と思い出せるのも嬉しい。装幀もすごく好きです。

千早茜

千早 ありがとうございます。本当に本が好きなんですね。装幀に口を出さない作家さんもいますけど、私はわいわいみんなで作るのが好きで、編集さんやデザイナーさんと相談して考えますね。

宮田 これ(カバーを外した表紙の絵)がめっちゃいいですよね。

千早 ここは気づかない人が多いから嬉しいです。装幀担当の方が石見の古地図を元に描いてくれました。

宮田 そうなんですか! カバーを外したらまた別の本みたいで良くて。

千早 『西洋菓子店プティ・フール』の文庫も、題字は挿画の西淑さんに書いてもらいました。友人なのですが、既存のフォントがどうしても作品に合わないと相談したら、「やってみるけん」と。ありがたかった。

宮田 めちゃめちゃかわいいです!

千早 装幀にも色々思い出があるから、そう言ってもらえて嬉しいです。

宮田 装幀が凝った本って、手に取った感じも全然違うじゃないですか。手触りとか。そこがいいんですよね。

千早 尾崎世界観さんは匂いが違うと言っていました。あと、小説家になる前から好きだった川上弘美さんの装幀をよく手がけていたデザイナーさんに本を作ってもらえるようになったのが嬉しかったです。『透明な夜の香り』もそうで。今度続編が出るんですよ。

宮田 はい、それを聞いたとき、踊りました! リビングで一人喜びの舞を踊って愛犬に吠えられました(笑)。

執筆は文字数との戦いの連続!

千早 『きらきらし』の中の五篇は、どれくらいの時間でどういう順番で書かれたんですか。

宮田 かつかつのスケジュールで、3ヶ月ぐらいで書きました。「坂道の約束」は本当に1日で書いて。「紅梅色」は元の原稿がすっごい長くて、今の2倍半ぐらいありました。書いた順番は、「ハピネス」「紅梅色」「坂道の約束」「好きになること」「つなぐ」です。

千早 ありがとうございます。上から目線のようで本当に申し訳ないのですが、読んでいてだんだん上手くなっていると思ったので、書いた順番が気になっていました。納得です。「紅梅色」はなぜ短くしたんですか?

宮田 ページの関係で……(笑)。事前に文字数はいただいてたんですけど、終わらなくて、どんどん長くなっていってしまいました。一番大変だったのは文字数を削ることでした。千早さんはどうされているのですか。

千早 私は文字数によって物語の構成を考えるので、短編を途中から大きく削るのは結構難しいですね。20~30枚だったらそれに見合った切り口からスタートするし、50~60枚だったらこういうスタートと変えるので、短くするなら全部書き換えないといけなくなります。「短くしてください」と言われたら「書き直します」って言うと思う。

宮田 これ実は、全部登場人物がちゃんと繋がる予定だったんですが、文字数の関係でなくなっちゃったんです。本当はもう一篇プロットもあったんですけど、入らなくて。

千早 えっ! もったいない! でも、宮田さんはちゃんと相手の要望に応えようとするんですね。

宮田愛萌

宮田 そうですね、中高の頃は校則を破ったこともなかったです。でも少しずつ好きなことをできるようにチャレンジしていくようになって。

千早 ルールを少しずつ超えていくという強かさがいいですね。

宮田 大学時代、日向坂46の活動で休みも多くて、出席がちょっと足りない授業もあって、教授に直談判したんです。その時に教授から、その分追加で2000字以上の読んで面白いものを書いてきてと言われて、レポートに小説をつけて出したりもしました。

千早 そうか、大学に行きながら仕事されてたんですよね。万葉集を学んでいたと。

宮田 そうなんです、専攻が万葉集で。

千早 『きらきらし』の和歌の訳がとても素直で。和歌は二重の意味があったり、時代背景や人物関係を考えると違う意味が出てきたりとすごく思わせぶりな世界のイメージなんですけど、この作品は若くて瑞々しくてまっすぐできらきらしていて、それが訳にも現れているなと思いました。

宮田 ありがとうございます。

千早 写真の方も登場人物になりきっているように感じました。

宮田 今回、小説+写真という構成にしたので、写真は登場人物をちょっとイメージしています。私の写真集、みたいな感じにはあんまりしたくなかった。物語の世界観を崩したくないから、その作品をイメージして撮っていただきました。

千早 写真の中ではネイルが好きな子とかもいて、演じ分けているのかなと楽しく拝見しました。ぶりっ子キャラとよく言われると聞きましたが、ぶりっ子も演じているんですか。

宮田 いえ、ぶりっ子は元々中学生のときからずっと「ぶりっ子」「あざとい」と言われていました。私は褒められていると思っていたので、あとから親に、それってあんまりいい言葉じゃないよ、と言われて、そうなんだ、と。

千早 すごい、素直ですね。清らか。そこで全然悪い気持ちにならない健やかさや強さがまぶしい!

宮田 そうですね。私を形容するのに一番ふさわしかったのかなと(笑)。

千早 「あざとい」はお仕事的には最高だったのでは。

宮田 はい、そうですね。「あざとい」や「ぶりっ子」の様子は、褒めていただくことが多かったです(笑)。

アイドルっぽくない渋い和歌

千早 最後の「つなぐ」の和歌は、この世の虚しさみたいな和歌ですよね。選んだ5首の中で一番アイドルっぽくない、渋い歌だと思いました。今回、小説を書くときは先に万葉集から和歌を選んだんですか。

宮田 先に和歌から選んで、お話を考えました。「つなぐ」が一番思い入れのある話です。読んでくださった方が万葉集を好きになってくれたらいいなと思って、登場人物の書いた日記の部分に、私が普段思っている万葉集の魅力を詰め込みました。万葉集は相聞歌(恋愛の情などを伝える歌)が多いけど、魅力はそこだけじゃないと主張したくて和歌も挽歌(人の死を悼む歌)を選びました。

千早 日本の和歌はぜんぶ恋愛、みたいに言われがちですもんね。和歌が好きだとずっと公言していたんですか?

宮田 はい、私のファンなら万葉集は読んでね、ぐらいの感じで(笑)。

千早 4500首ありますもんね。そこからピックアップするのですら大変。実は、私の名前は万葉集からの命名なんです。母親が「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」の歌が好きで。大人になってからどういう歌だったのか調べたら、結構曰くありげな一首で、なんでこれにしたんだろうと考えちゃいました。

宮田 本当ですね(笑)。

千早 「つなぐ」は最後まで書ききってない感じが良かったです。主人公がこの日記を読んで自分の道を見つけるとか、日記を読んだから万葉集が好きになったとかだと、すっきり終わるけどあんまりニュアンスが残らない。自転車を漕いで終わるという感じがすごい好きでしたね。

宮田 本を読んでいて結末が決まっちゃうと、そこから先の道が1本しか見えないと思うので、他の道があったかもしれないという読者の想像に委ねるのが和歌を読み解くのと似ているような気がして、そういう話がいいなと思っていました。

千早 私は好きな感覚でした。例えばエンタメの作家さんだとバシッと伏線を回収して終わらせることも多いし、それはカタルシスがあるけど、「つなぐ」のように読み手の自由が残っているセンスはとてもいいなと感じました。これからも小説を書いていこうと思いますか。

宮田 書けたらいいなと思っています。出版に至るかは別ですが、いつでも物語を書くのが好きなので、生涯続けていけたらいいなと。

千早 一番早く書けたのは「坂道の約束」なんですよね。これに私の作品が出てきて、「わあ」と思って(笑)。

宮田 はい。実際に私が図書館に行って手に取る感覚をそのまま入れました。中学生のときに、図書館で本を手に取っていたのを再現する感じで。

千早 宮田さん自身の感覚がいっぱい入った作品集なんですね。

宮田 そうですね。この本を読んでくださるのはファンの方も多いと思うので、みんなが喜ぶようなところがあるといいなと思いました。

ルールを超えて自由に書いてみる

千早 気になっていたんですが、5篇の主人公は全員若い女性ですよね。男性主人公を書いてみたいとかはないんですか?

宮田 男性と話したことがあまりないので、男の人の感覚がわからないんです。見ている世界が違うんだろうなと。書いてみたいけど、難しい。

千早 たとえば男性とか老人とか子供とかを書いて、そんな子供はいないと誰かに言われても、別にその人が全世界の子供を知っているわけではないので気にしなくていい。宮田さんはすごく文章が綺麗で、透明感もありますよね。きらきらしていて、澄んでいて。描写が瑞々しいので、悪い気持ちや人に言えないこと、こんなこと書いちゃうんだ!と読者を裏切るようなことをしても破綻しないと思います。あとは、自分とは離れた人間を主人公にして書いてもいいかも。おじいちゃんとか、自分より30センチ背が高い人ならどんな世界なのかとか、想像するのは楽しいですよ。

宮田 やってみたいです!

千早 『きらきらし』の中の少女の外見の描写など、空気感が伝わってきます。季節感、肌触りが書けていると感じました。さっきも言いましたが、基本的に文章はすごく綺麗なので、本当に長いものを書いた方がいい。主人公の性格とかを1行で書いてしまうのではなくて、描写を重ねて書くほうが、良さが出る気がします。

宮田 千早さんにそう言っていただけてすごく嬉しいです。

千早 でも今回は枚数がそんなに限られていたなんて、大変でしたね。今度は自由に書いてみてほしい、書かせてあげてほしい、本当に。自分のイメージの世界を、好きな枚数で書いてみたらいいと思います。

宮田 はい! 「あと何文字削らないといけない」とか、文字数のルールの中で、パズルのように削っていました(笑)。でも逆に最初にこれを経験したから、今後何かあっても大丈夫だなと思えます。

千早 タフ!(笑) 宮田さんならルールを軽やかに破る、かわいい不良になれるはず。今日はありがとうございました。

宮田 こちらこそ、本当にありがとうございました。


 (ちはや・あかね 作家)
 (みやた・まなも 作家/タレント)

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