書評

2024年6月号掲載

新潮選書ベストセレクション2024

東大卒への「もやもや」の淵源

尾原宏之『「反・東大」の思想史』

竹内洋

対象書籍名:『「反・東大」の思想史』
対象著者:尾原宏之
対象書籍ISBN:978-4-10-603909-6

 少し前のことだが、関西ローカルのテレビで、お笑い芸人ロザン(宇治原・菅)が街歩きするコーナー番組があった。若者集団と出会うと、京大法学部卒の宇治原が「大学生? どこ(の大学)?」と尋ねる。学生たちが「大阪大学」と答えると、「まあまあやな」と言うが、その他は「たいしたことない(大学だ)な」と言って笑いにしていた。宇治原は京大卒だから関西では向かうところ敵なしである。こんな赤裸々な学歴マウンティングが放映されたのは、なんでも笑いにしてしまう関西ならではのことかもしれない。
 といっても、宇治原が東大法学部卒だったら、どうだろう。場所が大阪であっても、そうはスムーズにいかなかったのではないか。いまどき「東大がなんぼのもんじゃい」と言い返す若者はいないだろうが、東大出身者から「たいしたことないな」と言われれば心穏やかではすまないだろう。私をふくめて非東大人は、相手が東大卒とわかると、頭がいい人だと思うが、同時に「もやもや」も抱きがち。
 本書はこのもやもやの淵源であり、顕現である「反・東大」思想の古層を辿っていく。東大の前身である帝大(京都帝大が創立された明治三〇年から東京帝大)が高級官僚はいうまでもなく、政財界や文化界のエリートを多く輩出してきたことはよく知られている。昭和初期までは民間企業の初任給も東大卒がダントツに高かった。
 東大への国家の依怙贔屓は相当なもので、膨大な公費が投入された。ある時期までの帝大法科大学(法学部)卒業生は、高級官僚や判検事・弁護士などに無試験任用された。それが出来なくなると私学出身者に課せられた予備試験が免除されていた。そもそも私学には政府からの経費支援はほとんどなく、政府は兵役猶予や中等学校教員資格などの与奪をちらつかせてきびしく統制した。設計主義を旨とした国家にとって東大こそ嫡子で、私学は庶子で攪乱者にさえ映った。東京専門学校(早稲田大)には政府の「密偵」が入り込んでいた。そうまでなったのは民権派の牙城への警戒とともに、西南戦争の拠点となった「私学校」(西郷隆盛が設立)のトラウマが大きかったこともあるだろう。
 しかし、覇権が強引に行使されれば、押し戻しが生じる。私学側は、政府による冷遇を「私学撲滅策」と反撥した。私学派の議員は高級官僚や判検事・弁護士試験をめぐる帝大特権廃止をスローガンに議会活動を展開した。記者は新聞で、論客は雑誌で論陣を張る。卒業生の弁護士は院外団として政府筋に圧をかける。在学生は私大連合などで「反帝大戦線」をくみ、議会や司法省に押しかけた。このあたり、当時の新聞や雑誌記事、自伝、学校評判記などの記述を克明に拾い上げ生き生きと再現して、活劇のようにおもしろい。
 政府も手を拱いてはいない。私学と在野法曹の抵抗で実現にはいたらなかったが、判検事・弁護士試験において私学出身者に外国語の予備試験を課すことを決める。外国法の知識を自力で得る語学力が必要という正論による。私学側は弱点のど真ん中を突かれた。私学(専門部)は「邦語」による教育を売りにし、外国語教育に力をいれていなかったからである。東大側(大学派)も黙ってはいない。東大生がいかに優秀かを論じ立てる。難関といわれる旧制高校入試を突破し、普通教育をみっちり受けていると言うのである。私学生は国家試験の模範解答の暗記勉強だけで教養がない、というわけである。そう言えばと、腑に落ちることも出てくる。東大人の優秀さのよすがとされた旧制高等学校は昭和二五年に閉校になったが、東大をはじめとする国立総合大学は戦後の入試で長らく国数英社理の五教科七科目試験を文系・理系に関係なく課してきた。あれは普通教育=教養という東大を筆頭とする帝大の歴史的な差異化戦略のしからしめるところだったのだ。
 反東大は私学だけのものではない。東京高等商業学校(一橋大)や京大などの官学内部からの東大への対抗運動もあった。さらには労働運動においても仕切りたがり屋の東大知識人活動家への労働者階級からの反感が生じた。それがアナルコ・サンディカリズム(無政府組合主義)の普及につながったことにも踏み込んでいる。
「反・東大」の圧巻は、右翼の論客蓑田胸喜などの東大卒業生が貴族院議員と結託しておこなった帝大粛正運動。身内から反東大の火の手が上がったのである。それは蓑田の衣鉢を継ぐ右翼東大生による東大(教授)批判にいたる。この系譜を知ると「東大解体」をとなえた東大全共闘が強度を増して出るべくして出た運動体と、はっとする。驚きは、まだ続く。東大は今日的課題であるマイノリティ問題をいち早く研究してきたが、それは、東大全共闘が提起した「自己否定」の論理が契機となり、下地となったからではないか、という指摘である。出来事を長い歴史の中でみることで浮かびあがらせる解釈や知見が実に見事、である。

(たけうち・よう 京都大学名誉教授)

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