対談・鼎談
2025年2月号掲載
狼侍『小学校受験は戦略が9割』刊行記念
知られざる小学校受験の世界
狼侍 × 外山 薫
小学校受験noteの第一人者、狼侍さんと、“タワマン文学”の先駆者、外山薫さん。外山さんの小学校受験を題材にした小説、『君の背中に見た夢は』をきっかけに交流が生まれた二人が、お受験の世界を赤裸々に語ります。
対象書籍名:『小学校受験は戦略が9割』
対象著者:狼侍
対象書籍ISBN:978-4-10-356071-5
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小説執筆前に欲しかった本
外山 小学校受験って、ネットには本当の情報が載ってないんですよ。これが拙著『君の背中に見た夢は』で一番苦労したところでした。正直言って、執筆前にこの本が欲しかったですね。小学校受験をこれから始める人も非常にありがたい本だと思います。関連本を10冊以上読んで、執筆の参考にしたものもありますが、総じて断片的で、全員書いていることが違う。でも狼侍さんは当事者でありながら一歩引いたところから分析していて、今まであるようでなかった本だと思いました。
狼侍 ありがとうございます。
外山 Xの小学校受験クラスタの中心人物として教えてもらったのが狼侍さんで、noteも読ませていただいたら、すごく面白くて。小学校受験は自分がわからない世界だからこそ、小説のテーマになるんじゃないかと感じたんです。この人なら全体像がわかるだろうと思い、取材を依頼しました。
狼侍 初めてお会いしたときに、もし小学校受験を揶揄する内容ならお手伝いできないという話をしたら、本気の家族の物語ですとおっしゃって。
外山 その後、noteも全て熟読させていただきました。執筆の最後の方で小説の主人公・新田茜の娘の受験をどうしようと思って、再び取材をお願いしたんです。新田家は雙葉小学校がモデルの学校を第一志望としていて、ペーパーが得意な子だから併願校としては洗足学園小学校を受けるのがいいんじゃないかと相談したら、雙葉と洗足は全然違うから、そういうご家庭ならカトリック系など、一貫した何かがあった方がいいとアドバイスをいただきました。小学校受験の教室の先生に相談するようなことを狼侍さんに相談した感じですね。
狼侍 当時、併願校として横浜雙葉小学校などがいいのではないかと勧めましたね。
外山 狼侍さんから、高校受験までのびのび育ってほしい、だけど大学受験はさせたいという新田家ならば、全員中学受験をする洗足は違うんじゃないかというお話をしていただきました。
狼侍 小学校受験の個別相談のつもりで、こういうご家庭ならこういうとこ受けますよって。小説で完璧に家庭像が出来上がっていたので、併願校はすごく決めやすかったです。
99%が知らない小学校受験の世界
外山 一般的な小学校受験のイメージは裕福な人たちのものですよね。私は大学が慶應なんですが、幼稚舎という付属小があって、そこから上がってきたやつがいるらしいぜみたいな。もう都市伝説なんですよね。
狼侍 そんなもんなんですね。
外山 たまに友達の友達で、幼稚舎出身で毎年ハワイに行ってるとか、麻布の一等地にビル持ってるみたいな話を聞いて、なんじゃそりゃみたいなのはあったんですけど、周りには全然いなくて。だから、自分には関係ないと思っていました。でも、30代中盤になると、友人たちも子どもが生まれ、中学受験は大変そうだから小学校受験だ、みたいな話を飲み会の席とかでするようになり、普通の家庭でもできるんだ、と。私は子どもを持つのが結構早かったんで、全然考えなかったんですけど。友人たちのように、都内近郊の共働き家庭で小学校受験ってどうなのと思っている家庭は多いと思うんですが、どう考えるのがいいでしょう。
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狼侍 そうですね、一言で言うと、偏差値がまず頭をよぎるご家庭はあまりお勧めしません。偏差値ではなく、小学校6年間をどう過ごすかにある程度フォーカスできる家庭かどうかが大きいです。昨今の共働き家庭は優秀な方が多いから、自分の成功体験の再現性を求めて、どうしても偏差値がよぎる。それを1回捨てて、小学校での育ちや成長といったところにふるのはかなりの覚悟がいると思います。
外山 受験対策の時間の使い方も独特だと思いました。中学受験は机に座らせて勉強しろとお尻を叩く家庭が多いけれど、小学校受験は体験も重視されますよね。取材した方から、子どもが動物を好きなら、上野動物園だけじゃなくて他の動物園にも行ってくださいと先生に言われたと聞いて、いいなと思ったんです。家族で一緒に旅行して、季節の移り変わりを感じ、子どもの好きなものを見つけて一緒に深掘りするのが受験対策になる。これって他の中学、高校、大学受験にはないものですよね。中学受験はやって嫌だったと言うのに対して、小学校受験は、やっているときはもう嫌だって言ってるのに、終わったらすごくいい思い出になっている。
狼侍 それはあるかもしれないですね。小学校受験は育児の延長、中学受験は生涯の勉強のスタート。育児と勉強の差で、比べるものでもないし、育児の延長で捉えていくと当然やってよかったというのがあるんですね。あとは、4~6歳を体験に教室に連れて行き勉強させるという時間的な負担が捻出できない場合は、受験自体が今のタイミングじゃないのかなとは思います。だから家庭の教育方針に加えて、現実的な家庭生活を無視してまでやるものではないと思うし、大事にすべきなのはバランスだと思います。
外山 小説で、小学校受験に否定的な地元の友達に、受験する子どものことを「ロボット」と言わせたのですが、これは私も含めて大多数が持っている、小学校受験の印象ではないかと思います。でも、中に入った人がやってよかったという、このギャップが面白いですよね。国立・私立小学校に通うのは約1%と本にありましたが、99%は知らないわけですよ、この世界を。
狼侍 何も知らずに小学校受験の紺服行列を見ると怖いですよね(笑)。
課金はカイエン一台分
外山 「いくら使いましたか、ぶっちゃけ」という話を小説の取材でいろんな人によく聞いたんです。その中で、カイエン一台分と言われたことがあって。そのときはいくらかわかんなかったんですよ。家に帰って調べたら、こんなにするの!? と衝撃的でした。その方はいわゆる重課金勢で、教室の他、教室のための家庭教師や下の子のベビーシッターさんも付けて、教室への送迎をお願いして、というのを全部含めた結果だと言っていましたけど。知らない世界だ、とすごく興奮しました。
狼侍 そうですね。港区を中心とした一部のエリアと、都外郊外のエリアは小学校受験のあり方が全然違うんです。そういう重課金勢の話だけ聞くと、誤解が生まれてしまいます。
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外山 今回、我が家には小学校受験は絶対無理だったなと思いました。もちろん環境は良さそうだし、中学受験をしなくていいのは素敵だなと憧れはありますけど、受験期間を耐えられる気がしない。下手に情報を仕入れて世界を知ってしまったら、しかもなまじっか子どもの素材が良かったりしたら、もうちょっといけるんちゃうかという下心が出てきてしまう気がします。
狼侍 まさに本書冒頭で書いたストーリーですね。
外山 塾のバイトをしていたので中学受験は比較的詳しいんですが、この子は開成・桜蔭は無理だというのは、中学受験では偏差値でわかるんですよ。でも、小学校受験は、まぐれがあるかもしれないと思わせる。客観的にできる人って多くないと思うんですよ。そういう意味で、全員が全員向いている訳ではなくて、向いている人は本当に向いている世界なのが面白いですよね。
狼侍 そう、だから特別なものではないですよね。進路の一つに過ぎなくて、家庭の方向性が合うかどうかだと思います。
合格はゴールじゃない
狼侍 本書は想像以上に内容が濃くなったというのが正直なところです。外山さんの小説みたいに一気に面白く読めないと思うので、ひとつひとつ理解しながら読んでいただければ。
外山 私はゲラをいただいてすぐにばーっと読めましたよ。新田茜の気持ちになって、ここが足りなかったな、ここはもうちょっと準備を早くすればよかったなどという受験の振り返りとして読みましたね。
狼侍 小学校受験経験者は言葉も含めて、ある程度すんなり入ってくる部分もあるかもしれません。外山さんは執筆により、もはや経験者のようなものですから(笑)。小学校受験の本は大きく二つに分けられて、しつけなどの育児に寄るものと、受験の手続きなどの実務的部分を書いているものがあります。本書は、そのどちらでもなく、受験の本質を掘り下げました。
外山 そう思います。私がいいなと思ったのは、小学校受験の合格がゴールじゃないというメッセージです。中学受験では学校が偏差値である程度区切られるので、その感覚のまま小学校受験をすると、慶應義塾幼稚舎とか早稲田実業学校初等部とか暁星小学校とかに受からないと駄目だ、みたいな価値観になってしまいがちだと思うんです。でも、そうじゃないですよね。
狼侍 おっしゃる通りです。
外山 地域密着校など、中学受験とは違う価値観をきちんと書かれていて、これは狼侍さんの優しさだなと思いました。我が家は小学校受験をしていませんが、新田茜に寄り添って執筆していたので、11月に紺色の服を着たお母さんを見かけると、はっと思って泣きそうになっちゃいます。
狼侍 新田茜さんも多分2周目の受験をやってますからね、下の子の(笑)。
(とやま・かおる 作家)
(おおかみざむらい 教育インフルエンサー)