書評
2025年10月号掲載
祝!『しゃばけ』アニメ化記念特集
大切な「居場所」を求めて
日本中の妖が長崎屋に集まって──シリーズ第二十四弾刊行! 愛読者待望のアニメ化を成し遂げた監督が、原作への思いを語る。
対象書籍名:『あやかしたち』
対象著者:畠中 恵
対象書籍ISBN:978-4-10-450732-0
「しゃばけ」のアニメを制作する中で、一太郎に過去の自分を重ねて見ている部分がありました。病弱ゆえに、生に執着のない一太郎。日々の中に彼自身の「居場所」を見つけられずにいるように感じられたのです。10代の頃の私もそうでした。病弱であったわけではありませんが、どことなく自身の「居場所」が定まらず、生きることに無気力だったように思います。そんな中、ある出会いが私の生き方を変えました。
大学受験の頃、偶然手にした「電脳コイル」(NHK教育テレビ)と「天元突破グレンラガン」(テレビ東京)のアニメーション原画集。アニメを見るのは元々好きでしたが、初めてプロの仕事を目の当たりにし、この世界に進みたいという想いが芽生えました。その後、東京造形大学アニメーション専攻に進学。卒業後、プロのアニメーターとしてキャリアをスタートさせました。
アニメ制作スタジオに新人として所属した私の最初の仕事は、“動画マン”。アニメーションのキーポイントになる絵のことを原画と呼びますが、その原画の間に絵を書き足して滑らかに動くようにするのが仕事です。当時のギャラは1枚約200円の出来高制でした。何度も心折れそうになりながらひたすら動画を描き続けて1年半後、原画担当になった後は、スキルを磨くため作品ごとにスタジオを渡り歩き、順調に次のステップである作画監督に。ですが複数人が手掛ける原画のクオリティコントロールをする作画監督の仕事に迷いが生じてしまい……。より包括的にアニメ制作に関われる演出業に移って、助監督を経験し、今年の10月からスタートするアニメ「しゃばけ」で初めて監督を務めました。
監督は、作品の土台をスタッフと固め、脚本家とシナリオを作り、絵コンテというアニメの設計図を作成して世界観を構築します。その後、各話数の演出担当がスタッフに指示を出して作り上げた映像に調整を加えて、最終的なクオリティコントロールをしていきます。
監督としての最初の仕事は、キャラクターデザインを練ることでした。原作の畠中恵さんの小説は読みやすく、登場人物や妖にも親近感を抱ける素晴らしい作品です。だからこそアニメファンに時代劇だからと敬遠されたらもったいない! そこで、原作の魅力が伝わる強いキャラクターデザインで、時代劇というハードルを取っ払おうと考えたんです。今作でキャラクターデザインを担当する皆川愛香利さんの一太郎のラフを見た瞬間、この絵なら自分の考えを達成できると確信できました。
全体の雰囲気作りを決定づける色と光にも細部までこだわりました。現代に即した画面作りも当然意識しましたが、昨今主流の派手なデジタル処理での表現は、江戸時代という舞台にそぐわない。ならばアニメの基本に立ち返ろうと、背景美術とキャラクターの色使いにこだわることにしました。
例えば、現代アニメでは大抵室内に蛍光灯がついているので、時間帯で光に差をつける必要はありません。しかし、江戸時代は照明が乏しいので、時間帯や季節の変化がダイレクトに室内に反映されます。同じ部屋でも春と夏とでは、地面に反射して室内に入り込む光の量が違う、そういった日常の細かい変化にこだわることで、江戸時代が私たちの時代と地続きであると実感できるようにしたいと思いました。様々な色を何パターンも作り分けるのは難しいことですが、色彩設計、美術監督、撮影監督をはじめとするスタッフの努力で良いものが出来上がったと思っています。
原作ファンの皆さんはアニメのストーリー展開も気になると思いますが、シリーズ第一弾の『しゃばけ』を主軸に、第二弾『ぬしさまへ』第三弾『ねこのばば』など先のエピソードも少し組み込んでいます。一太郎だけではなく、仁吉や佐助たちの魅力も出し惜しみなく伝えたいと考えたからです。実力と人気を兼ね備えた声優陣と音響監督が固めたキャラクターの演技がよりその魅力を引き立ててくれています。
また、アニメをきっかけに「しゃばけ」に触れる方はぜひ視聴後に小説を読んで、アニメでは拾いきれない小説ならではの繊細な描写から、各々の「しゃばけ」の解釈を持っていただけると嬉しく思います。
「しゃばけ」シリーズ最新作『あやかしたち』収録の表題作「あやかしたち」では、見知らぬ妖たちが長崎屋を訪れ、離れの皆に長崎屋の居住権を賭けた勝負を挑みます。離れの主である一太郎も、己と皆の居場所を守るため、長崎屋の妖たちと共に戦います。冒頭で触れたように、これまでの一太郎は生に対して「いつ死ぬかわからない」「己の代わりなんていくらでもいる」という温度感でしたが、そんな彼も自分の「居場所」に執着できるようになったんですね。今の私にとっての「居場所」はアニメです。「しゃばけ」のアニメ制作はとにかく全てが楽しかったんです。永くアニメを作りたいから、死にたくない。一太郎も永く妖たちと一緒にいてほしい、心からそう願います。
(おおかわ・たかひろ アニメ監督)


