インタビュー

2025年12月号掲載

宮島未奈『成瀬は都を駆け抜ける』刊行記念特集

成瀬はずっと生きていく

宮島未奈インタビュー

宮島未奈

著者と担当編集者が振り返る、デビューからこれまでの軌跡──。

対象書籍名:『成瀬は都を駆け抜ける』
対象著者:宮島未奈
対象書籍ISBN:978-4-10-354953-6

──12月1日発売の『成瀬は都を駆け抜ける』(以下『成駆』)をもって、「成瀬あかりシリーズ」が完結します。一風変わったところがありながらも、「二百歳まで生きる」ことなど大きな目標に挑みつづける主人公・成瀬あかりを描いたデビュー作『成瀬は天下を取りにいく』(以下『成天』)が刊行されたのは2023年3月。その一篇目「ありがとう西武大津店」を第20回「女による女のためのR-18文学賞」に応募してくださったのは2020年10月でした。『成天』が2024年本屋大賞など多くの賞を受賞して、続篇『成瀬は信じた道をいく』(以下『成信』)、完結篇『成駆』刊行に至るまで、応募時から数えてもここ5年ほどの出来事なんですね。

 濃密だけど、あっという間でした。

──「ありがとう西武大津店」は、R-18文学賞で史上はじめて大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞しました。

 それまで何度も新人賞で落選していたので、執筆当時は「これも受賞できなくたって全然おかしくない」と思っていたんです。だからトリプル受賞の連絡を受けたときには腰を抜かしそうになりました。

──「成瀬シリーズ」は、いまや“令和で一番売れている”小説です(文芸書>国内小説>国内文芸ジャンル 2019年5月~2025年9月 CDP CANTERA調べ)

 本当に、こんなにたくさんの方に読んでいただける作品になるなんて想像していませんでした。『成天』『成信』を書いていたころはとにかく一冊の本として仕上げることに必死でしたから。成瀬が「ありがとう西武大津店」のあとどうなっていくかを具体的に考えはじめたのも、R-18文学賞を受賞してからなんです。

──成瀬と親友の島崎みゆきが“ゼゼカラ”を結成してM-1グランプリに挑戦する「膳所から来ました」をはじめ、二篇目以降を書いていただいていた時期は、わたしたち編集者もとにかく「成瀬あかりの物語を世に届けたい」という想いでいっぱいでした。

 三部構成にすることも、最初から想定していたわけではありません。当初、わたしとしては“一作入魂”というか、本当は『成天』だけで成瀬の物語は終わりにするつもりでした。でも『成天』がたくさんの反響をいただいて、編集者にも「ぜひ続篇を書いてください」と言われたので、『成信』『成駆』と執筆していくことにしたんです。

シリーズのターニングポイント

──『成駆』で、成瀬は京都大学に進学してますます個性豊かな面々に出会い、「京都を極める」という新たな目標を見つけます。時系列的に、成瀬の大学受験期~大学一年時の年末年始が描かれている『成信』のエピソードと重なってくるところや、成瀬の中学二年時~高校時代が描かれた『成天』の内容が回収されるところもあり、読み応えたっぷりの作品になりました。

 ありがとうございます。いまだから言えることですけど、「ときめき江州音頭」(『成天』最終話)で島崎が東京に引っ越すことになったのが、シリーズとしてはターニングポイントだったような気がします。島崎は幼少期から成瀬のことを一番近くで見届けてきましたが、『成信』の第三話「やめたいクレーマー」以降は東京で大学生活を送ることになります。だから、その後の成瀬の日常を見届ける別の人物を考える必要がありました。

──『成信』でいえば近所のクレーマー主婦・呉間言実や、びわ湖大津観光大使の篠原かれん、『成駆』でいえば京大生の坪井さくらや梅谷誠、簿記YouTuber・ぼきののかですね。

 ただ「成瀬シリーズ」をつづけていくだけなら、島崎もずっと膳所にいてくれたほうが書きやすかったのかもしれません。でも結果論として、登場人物のバリエーションの豊かさは、成瀬と島崎が離れて暮らすようになったからこそ出てきた長所だろうとも思うんです。

──“周辺人物の魅力”はシリーズの読みどころのひとつになりましたよね。わたしは特に、呉間言実が登場する「やめたいクレーマー」の原稿をいただいたときに「これは傑作だ!」と興奮しました。クレーマーでいたいわけではないのに、細かなことまでつい気になってしまう言実の行動と内面の解像度がものすごく高くて、「こんなに面白い作品が収録されるなら、絶対に『成信』もすごい一冊になる!」と確信できたんです。宮島さんはどうやって人物の設定を決めていくんですか?

 新人賞に応募していたころにクレーマー主婦が主人公の短篇を書いたことがあったので、言実に関しては原型のようなものがありました。島崎の場合は、まず「成瀬というちょっと変わっているけれど挑戦しつづける主人公を書こう」と思いついて、それを見届ける幼馴染という設定が浮かびました。篠原かれんは、「成瀬がびわ湖大津観光大使をやる話を書きたい。観光大使は毎年二人選出されるけれど、成瀬の相方はどんな人物にしよう?」と考えて創っていきました。基本的に、周辺人物は「成瀬がどんなことをする物語にするか」と「成瀬との関係性」が一番のベースになって生まれていますね。

──さきほど、成瀬と島崎を物理的に離したことで登場人物のバリエーションが増したのは「結果論」だとおっしゃいましたけど、わたしの感覚としてはそれもすべて宮島さんが「シリーズとして正解」の描きかたを見出してくださったからこそだと思っています。その要因はどこにあるのでしょうか?

 物語にとって都合がいいだけの人物は創らないようにしようと意識しています。どんな脇役であっても、登場人物たちがそれぞれ歩んできた人生には背きたくないんです。

本屋大賞受賞、そして

──『成信』は2024年1月に発売されました。『成天』の本屋大賞受賞が決まったのは『成信』刊行のすぐ後でしたが、この時期にはもう『成駆』の刊行に向けても動き出していました。

「そろそろ『成瀬シリーズ』の新しい短篇を書きます」と宣言していましたね。

──2024年2月の坪田譲治文学賞贈呈式の帰りに、岡山駅で宮島さんから「視点人物の名前を決めてくれませんか」と言われたのを覚えています。わたしは「では、さくらでお願いします」と答えたんでした。

 たしかその日に取材に来てくださった記者の方のお名前が、さくらさんだったんですよね。

──だからとっさに浮かんできたんだと思います(笑)。

 そのやりとりのあとに書いたのが、『成駆』一篇目に収録されている「やすらぎハムエッグ」でした。京大の入学式で、成瀬と坪井さくらが出会う物語です。「入学式」っておめでたいようでいて、誰しもが晴れやかな気持ちで臨むわけではないのではと思ったところから坪井の人物像を構想していきました。

──二篇目をどういう方向性にするかをめぐっては、宮島さんもかなり悩んでいらっしゃいましたよね。

 そうですね。いくつかアイデアはあったんですけど、あまりしっくりこなくて。悩んだ末に、同じ京大出身で学生時代から好きな森見登美彦さんの世界観をオマージュさせていただくことに決めて、「実家が北白川」が書けました。森見さんが『成天』の文庫解説を書いてくださったのはとても嬉しかったです。

──「達磨研究会」なる謎のサークルと成瀬の物語、ぜひ森見さんファンの方にも楽しんでいただきたいですね。

『成駆』まで書いたからこそ

──三篇目の「ぼきののか」までは小説新潮に掲載させていただきました。

 簿記とYouTuberを掛け合わせることで、ぼきののかといういままでにないキャラクターを生み出せました。ここまで書けてようやく『成駆』もなんとか刊行できるのではと思えるようになりました。

──四篇目以降は書き下ろしで、『成天』から登場しているキャラクターたちが視点人物。「そういう子なので」では成瀬と母・美貴子が夕方の地元テレビ番組「ぐるりんワイド」の取材を受けることになります。「ぐるりんワイド」は「ありがとう西武大津店」にも出てきますよね。成瀬は番組の中継に映るため、閉店が決まった西武大津店へ毎日通うことを決意しますが、最終営業日にお祖母ちゃんが亡くなってしまいます。

「そういう子なので」は最後に執筆した一篇です。美貴子を視点人物にして、「ぐるりんワイド」を再登場させることで、「ありがとう西武大津店」の結びになるような成瀬母娘三世代の物語にしようと思ったんです。

──五篇目の「親愛なるあなたへ」は成瀬に想いを寄せる西浦航一郎、最終話「琵琶湖の水は絶えずして」は島崎が視点人物です。後半三篇は「またこの人物たちに出会えた!」と思える構成になっていて、原稿を読んでいて嬉しかったです。

「親愛なるあなたへ」は、成瀬が一番「京都を駆け抜けて」いる一篇なので、表題作と言ってもいいかもしれません。「琵琶湖の水は絶えずして」には、琵琶湖の水を京都に流す「琵琶湖疏水」が登場します。この作品は『成駆』のラストであると同時に「成瀬シリーズ」全体の〆でもあるので、『成駆』のメイン舞台である京都と、成瀬の暮らす滋賀がつながるような物語にしたかったんです。正直、『成天』『成信』ではやり残したかもなと思うこともありました。作家として経験を積みながら『成駆』までつづけたからこそ落としどころを見つけられた要素もあったので、三冊書いてきてよかったです。一方で、『成駆』はこれ一冊だけでも楽しんでいただける作品になっているとも思います。

──京大に進学し、「京都を極める」ことを目標に掲げた成瀬が「琵琶湖の水は絶えずして」でどんなラストを迎えるのか。読み手も成瀬の姿を見届けられるような一冊になっていますもんね。「成瀬シリーズ」はこれで本当に完結……、しちゃうんですか?

 いまはひとまずこれで完結、というつもりです。自分に何があるかはわからないので、元気なうちに完結宣言をしておきたかったんです。でももしかしたら、何年か経ってまた成瀬の物語を書きたくなる瞬間が来るかもしれません。成瀬あかりは、物語のなかで生きつづけていますから。

──そのときが来たら、成瀬はどんな挑戦を見せてくれるのか楽しみです。成瀬のカムバック、わたしたちはいつでも大歓迎です。お待ちしています!

(みやじま・みな)

最新のインタビュー

ページの先頭へ