書評

2026年2月号掲載

漂流と交流

町田康『朝鮮漂流』

戌井昭人

対象書籍名:『朝鮮漂流』
対象著者:町田康
対象書籍ISBN:978-4-10-421504-1

 今も昔も、人間は厄介極まりない。隣家の布団を叩く音がやかましいとか、ソッチの木の枝がコッチの庭に入っているとか、ソッチの飼い猫がコッチの庭で小便をしたとかで争いがはじまる。これと同じようなことを異国間でやりだすと、ますますとんでもないことになり、戦争に発展する。「イマジン、国境なんてない」とジョン・レノンさんは歌った。地球の上に国境なんて線をひいてどうなる? ココはオレの陣地だなんて躍起になるの馬鹿なんじゃない? だが、ちょっとソッチに入り込んだとかで、爆弾やミサイルが飛び交う事態となる。人間は昔からこんなことばかりやっている。今もやっている。
 もちろん、その土地特有の風土があって、それが国の特色となり、風習も変わってくるだろう。そして人間性や宗教も違うものになっていく。同じ人間だが、住む場所によって異なる人間性になる。だから異国の人間同士が完全に理解し合うのは難しいのかもしれない。
 現在、世界を見渡しても異国人同士の問題は山積みだ。わが国でも、日本人と日本に住んでいる異国の人との間で問題が起こっている。いがみ合い、排除しようとする者が出てくる。それに賛同する輩が跋扈し、争いは激しくなる。生まれてくるのは憎しみばかりだ。
 わたしは人格者ではないし、完璧な平和主義者でもない。それでも、お互い理解し合うことはできないものかと考えてしまう。そこには妥協も必要だろう、優しさや寄り添う心も必要だ。もちろん言葉にするだけなら簡単だが、どうにかならないものかと、常に思っている。
『朝鮮漂流』は、そのような異国の者同士のやりとりを描いた作品だ。状況は物凄く過酷で、ドタバタだが、なんとか良い方へ転がろうと努力する男たちの姿が、そこにある。
 文政二年、西暦1819年、薩摩藩の男たちが沖永良部島で二年間の任務を終え、全二十五名で船に乗り、帰国することになる。だが、船が難破し、朝鮮に漂着してしまう。ここから朝鮮の方々と薩摩の男たちのやりとりがはじまる。
 朝鮮側は、漂着した船を見て、さすがに「すぐさま出ていけ」なんて言えない。薩摩側も、面倒なことばかり言ってくる相手方に、「なんだ、この野郎」なんて言っていられない。水を飲みたい、食べ物も欲しい。なにはともあれ交流をしないと、どうにもならない。このヤバイ状況を打破しなくてはならない。ここで薩摩藩家中、安田義方が朝鮮側とやりとりをはじめる。
 本書は、この安田が記したとされている小説だが、史実であり、町田さんは、安田が漢文体で書いた『朝鮮漂流日記』を原資料として創作している。そして、この漢文体の日記を、とんでもなくユニークな形で立ちあげている。
 薩摩側は異国の地で異国の人間とやりとりするが、すんなりいくわけがない。安田は、朝鮮側に腹を立て、下手すりゃ刀を抜こうとしているのだから、物騒だ。それでも、なんとか気を落ち着かせ、交流していく。やりとりは、もっぱら漢文、漢詩によるものだ。漢字を並べ立て、気持ちを伝え合っている。これでなんとかやっていくが、やたらと事が進まない。荷積の確認、人間の確認。お上の意向、融通の利かない役人、国の方針、薩摩藩の人々は船から降りることすら許されず、船は浸水し、人々の具合はどんどん悪くなる。人間以外にも船には山羊がいて、もう、てんてこ舞いだ。
 このような途方も無いやりとりを、町田さんは丁寧に書き記していく。まるで安田が憑依してしまったような状態で、町田さん自身も状況を好転させるため、書いて書いて、書きまくり、身を削っていくようだ。わたしは、町田さんの筆の力に驚愕しつつ、とんでもない状況の安田を応援していた。町田さんが安田になり、安田が町田さんになっている。そのくらい二人の切羽詰まったリアリティが詰まっている。
 これを書いている町田さんもエライことだが、交渉を担う安田は、もうヘロヘロだ。それでも船に乗り込んでくる役人を接待し、一緒に酒を飲んだりする。そして漢詩を見せ合い、相手方に要求や状況を伝える。また、お互いの漢詩を讃えあったりもしていて、安田にいたっては、朝鮮方から漢詩の達人と勘違いされ、漢詩を見てくれと人々がやってくる。状況は切羽詰まっているが、どこか余裕があって微笑ましいエピソードだ。結果、このような交流、交渉、やり取りを辛抱強く続け、朝鮮側に船を用意してもらい、薩摩側は帰国することができる。
 いがみあっても争いしか生まれないが、少しでも心に余裕を持ちたいものだ。だが、その余裕を持てないから、世界は、とんでもない有様になっている。この先、もしUFOが地球に漂着し、宇宙の生物と交流することになったら、人間は大丈夫なのだろうか? 隣の奴といがみあっている場合ではない。向こうの出方にもよるが、そのときは、とにかく、多少なりとも心に余裕だ。いや、宇宙人なんかどうでもいい。いますぐ人類は心に余裕を持つべきだ。わたしは安田の切羽詰まった状態での交流を見て、そんなことを強く思うのだった。

(いぬい・あきと 作家)

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