書評
2026年3月号掲載
スペシャルエッセイ
91歳、男のつれづれ
『90歳、男のひとり暮らし』出版のあとで
昨年9月に刊行した『90歳、男のひとり暮らし』で老境の日々を綴り、大きな反響を呼んだ阿刀田さん。取材依頼が殺到し、年末まで多忙な日々を送られました。年が明け、91歳になった阿刀田さんに、近況をご寄稿いただきました。
対象書籍名:『90歳、男のひとり暮らし』
対象著者:阿刀田高
対象書籍ISBN:978-4-10-603935-5
去年のこと、つまり九十歳の日々はひたすらあわただしく、いつのまにか過ぎ去っていた。『90歳、男のひとり暮らし』なるエッセイ集を実際に執筆したのは八十代の最後だったが、九十歳に入るとその編集やら校正やらでわずらわしく、上梓してみると思いのほか評判がよく、おそらく暢気にノホホンと綴ったのがよかったらしいが、新聞や雑誌のインタビューなどもあり、やたら忙しかった。
そして今は九十一歳である。『90歳、男のひとり暮らし』となにか変わったか、と問われたら、なにも変化はない。ただ日ごとに少しずつ馬鹿になっていくような気がしてならない。
まず字が書けない。年を取り漢字が思い出せなくて書けなくなるのはよくあることだが、私の場合は、そればかりか指先の力が弱くなり、字がすべて小さくなり、薄くなり、書いても形がひどい。なにを書いたかよくわからない。書き直してもやっぱり読みにくい。へんてこな字を見ながら、
──こんなこともあるんだ──
九十一歳の顕著な発見である。
半年前に妻を亡くし、それにともなう諸事の始末は厄介だったが、それもおおむね終えて今は思い出だけが残っている。
私は“死は無である”と信ずる立場なので妻がどうしているか、あの世の様子などは考えない。あるのはこちら側の一方的な思案や記憶だけである。
──あの人は幸福だったかな──
これはときどき、いや、よく思う。六十年を顧みて……。考えてみれば結婚なんて大変なものだ。相手の一生をそれなりに支配することなのだから。私は自分の幸福は自分で左右するものだと固く信ずる立場だから、妻の幸福は二義的なはずだが、このごろはやっぱり考えてしまう。相手は無なのだから九十一歳は、できるだけよいことばかりを考えて、
──へへ、よかったね──
と喜んでいる。それでいいのだ。
あの人、目玉焼きが好きだったな、花を上手にいけたな。新川和江の詩を愛読してたな。家族が集まると楽しそうだったし……。
この正月も彼女はいないけれど、子どもたちが家族を連れ、それぞれ一品ずつ総菜を持ち寄って寛ぎ、孫たちにはお年玉、あとはトランプを出して7並べ、ばば抜き……やがてみんなニコニコ帰って行く。私は独りになり、
──あっ、そう言えば──
思い起こすことがあった。どうでもよいことかもしれないが、わが子のだれもが「お父さん、胃、大丈夫?」と尋ねなかった。天から安心しきっていた。
実は私、九十歳の中ごろに健康診断を受け、胃癌の宣告を受け、悩んだすえ手術を受けているのだ。
「初期の癌ですね」
と医師に宣告され、内視鏡的粘膜下層剝離術をほのめかされた。これとはべつに十年来の狭心症を患っているので、その心配もあってか医師は必ずしも手術を強く勧めず、
「このままでもしばらく大丈夫かな」
はっきりとは言わなかったけれど「そのうちに寿命が来ますよ」という配慮だったのかもしれない。
私は“あと十年は生きるぞ”と、なんの根拠もなく考えた。ならば病巣をこのまま放っておく手はない。多少の危険はあっても手術を選ぶべきだ。国立がん研究センター発行の本を買って勉強し、セカンド・オピニオンなども敬聴して手術を受けることにした。
それなりの決心であったが、手術は(医師は手術とは言わず、より軽く剝離術と言っていたが)八月三日に入院し、四日に手術、二時間ほど麻酔をかけられて目覚めたときは完了、翌日から絶食、おもゆ、おかゆ、軽食と続いて八月十日には独り荷物をまとめて退院、タクシーで帰宅した。
──こんな簡単なことだったのか──
“やるか、やらないか”充分に悩むことだったのか。しかし、
──あまく考えちゃいかんぞ──
ひとむかし前なら「胃癌です」は死と結びついていたのではないか。とにかく結果が上々だったので、事後は他の忙しさもあったりして私自身もこの病変を忘れがちだった。正月にわが子たちが忘れていたのも無理はない。
──ここは一決心、新年の配慮として早々にまた健康診断を受け、胃の再検査を受けよう──
独りの誓いとした。すると思案が急にポンと飛躍して、
──それにしても、本当のところ、俺はいつまで生きるつもりかな──
妻はすでに逝去したし、三人の子どもたちはそれぞれ自由に、つつがなく生きているようだし、
──私がいつ死んでもだれも困らない──
かなり本気でいつ死んでもいいと考えているようだ。ただ死に際して“痛いの苦しいの”はいやだ。夜、ベッドに入り翌朝死んでいるなんてのが一番望ましい。友なる医師によれば「できるだけ長生きするといい。長生きすれば楽に死ねる」なんだとか。多分そうだろう。かくて、
──よし、長生きしよう──
九十一歳であらためて願う次第である。
たった独りの新年三ケ日が流れ、正月四日にたまたま必要があってルナールの『博物誌』に眼を通した。自然界の風景や動植物についてあれこれ感想を述べている。長い感想文は違和感もあって楽しみにくいが、短文には心を躍らすものがある。岸田国士の訳で、すばらしい。
蝶──二つ折りの恋文が、花の番地を捜している。
蛍──いったい、何事があるんだろう? もう夜の九時、それにあそこの家では、まだ明りがついている。
鯨──コルセットを作るだけの材料は、ちゃんと口の中に持っている。が、なにしろ、この胴まわりじゃ……!
これに模して九十一歳は、広い自然界を熟視するのはむずかしいから身辺雑記はどうだろう。すなわち、
元旦──また一年、死が近づいた。
降る雪──昭和も遠くなりにけり。
NHKばけばけニュース──日に日に世界が悪くなる。トランプ遊びはやめましょう。
国会議員──代々続くうれしい家業。
葱──「太くてギロギロ、おいしそうだね」「はい、シモネタのねぎですから」
ゴキブリ──ぼくらはみんな生きている。生きているから出てくるさ。みんなみんな友だちなんだ。
エリート──「東大出だってね」「はい、落語家やってます」
電話──花咲く故郷から「こすもす、こすもす」
よいお話の会──幼稚園、選挙前。
花嫁──若いと誰もが心配するけれど、パパがいるからだいじょうぶなの。
一日に一つ、百歳まで創れば私家版『風物記』になる。
──無理だなあ──
そこまで生きるとは思わないし……。
認知症──知らぬはだれよりも当人です。
(あとうだ・たかし)



