書評
2026年10月号掲載
能力資本主義を支える象徴を読み解く
磯野真穂『社会が壊れるその前に―メアリ・ダグラスの人類学―』(新潮選書)
対象書籍名:『社会が壊れるその前に―メアリ・ダグラスの人類学―』(新潮選書)
対象著者:磯野真穂
対象書籍ISBN:978-4-10-603953-9
映画「急に具合が悪くなる」の原作者の一人である磯野真穂の新著は、象徴人類学の視点から現代社会の病理を読み解くものである。イギリスの人類学者メアリ・ダグラスが半世紀前に記した『ナチュラル・シンボル──宇宙観の探索』に導かれながら、著者は今日の能力資本主義を分析していく。なぜ人々は美容整形や筋トレに励むのか。なぜ「頑張らない」ことをアピールするのか。さらにはなぜ、米国のドナルド・トランプ大統領や日本の高市早苗首相のような指導者が力を持つのか。象徴人類学が与える示唆は、極めて幅広く、かつ興味深い。
本書の魅力の一つは、宗教や儀式、あるいはおよそ象徴が社会において果たしている役割についての人類学的考察にある。フランスの社会学者エミール・デュルケムの「トーテミズム」論や、ダグラスの「グリッド&グループ分析」などを縦横に駆使する著者は、自分たちの属する社会をどのように理解し、説明できるかの根源的考察へと読者を誘う。そこで鍵になるのは論理ではなくむしろ情動であり、世界を解釈する際に用いられる象徴である。
しかしながら、ここでは学説史の部分をスキップして、直ちにこのような道具立てで著者が現代社会をどのように読み解いているかに関心を集中しよう。この場合、個人の立ち位置や役割が社会の中でどのくらい明確であるかということを「グリッド」と呼び、集団としてのまとまりの強さを「グループ」と呼ぶことがポイントである。「グリッド」は内部秩序のあり方、「グループ」は外部との境界線に関わると言ってもいい。
「グリッド」の強い社会は息苦しいが、関係や役割が明確な分、安定している。これに対し、「グリッド」の弱い社会では人間関係は柔軟になるが、その都度の調整が必要になる。「グループ」の強い社会では個人にかけられる圧力が強くて離脱は難しいが、弱い社会では離脱は容易いものの、それだけに凝集力は弱くなる。このような分析に価値判断は込められておらず、あくまで社会を分析するにあたっての分類法であると著者はいう。
この「グループ」と「グリッド」の組み合わせから、強グループ・強グリッドの「高分類社会」、強グループ・弱グリッドの「小グループ」、弱グループ・強グリッドの「強グリッド社会」などのカテゴリが紹介される。ウチとソトの区別は明確だが、内部のルールや役割に曖昧さの残る「小グループ」が今も残る社会として、日本の「空気」の支配が紹介されているのが興味深い。曖昧だからこそ「空気を読む」必要があるというわけである。
問題は「強グリッド社会」である。産業化の進んだ現代社会では、伝統的な社会の紐帯がほどけたという意味では「弱グループ」だが、競争が激化しているという意味では「強グリッド」である。著者は「強グリッド社会」としての現代社会を能力資本主義と呼ぶ。自由、グローバリズム、イノベーションなど、社会を流動化させる言葉がもてはやされる能力資本主義は、才能ある個人にとって自由の翼だが、そうでない大多数の人間にとっては抑圧的である。モノ化され、人間としての手応えを感じられない人間は疎外感と孤独感に苛まれる。
このような状況で生まれるのがミレニアリズムとカーゴカルトである。キリスト教の終末思想に起源を持つミレニアリズムによって、人々は権威や儀式を攻撃し、感情を爆発させる。新左翼運動をミレニアリズムとして捉えたダグラスに倣い、著者は現代の各種の社会批判にもその残響を見出す。これに対し、カーゴカルトは奪われた富を取り返して、カーゴで届けてくれる力のあるリーダーを待ち望むが、その現代版がトランプ大統領というわけだ。
一方、能力資本主義の下で個人の自己認識は、自己の力をハウツーで磨き上げようとする自己研鑽型か、「ゆるさ」や「あるがまま」を重視する社会変革型へと向かう。自己愛に支えられる自己研鑽型はもちろんのこと、悪いのは自分ではなく社会だとする宇宙観に支えられる社会変革型をも含めて、著者は自己礼賛と呼ぶ。アンチエイジングが前者であるとすれば、ボディポジティブは後者である。推し活やセカイ系、SNSを含め、現代の現象を大胆に分析する本書の真骨頂であろう。
ちなみに本書の冒頭には、「善き社会を作りたいのなら、自らがどのような象徴に巻き込まれているかを内省しよう」というドキリとさせられる言葉がある。私たちは論理的に自己を認識し、社会を論じているつもりで、実は自分を真に動かす象徴に無自覚なのかもしれない。善き社会を作るためには、自分自身の象徴を読み解き、使いこなさなければならない。「社会が壊れるその前に、私たちの知性を使っていこう」という著者の訴えが重い。
(うの・しげき 東京大学教授)


