書評

2026年10月号掲載

「人物」で読み解く勝敗の主因

大木毅『海軍士官たちの太平洋戦争』(新潮選書)

波多野澄雄

対象書籍名:『海軍士官たちの太平洋戦争』(新潮選書)
対象著者:大木毅
対象書籍ISBN:978-4-10-603951-5

 著者が内外の軍人像を描き出すうえで卓越している点がいくつかある。その一つは評価基準が明確であること。たとえば、戦争遂行を戦略、作戦、戦術という三次元に区分し、各次元における指揮官能力の多角的評価である。ちなみに著者の眼鏡にかなう総力戦時代の卓越した指揮官は米陸軍参謀総長マーシャル元帥ぐらいであろうか。
 もう一つは指揮官の戦歴の一面的な評価に陥らず、その功罪を多面的に検証する姿勢である。さらに透徹した眼差しの向こう側には生身の軍人がいることを著者は決して忘れてはいない。換言すれば読者との対話が常に意識されているのである。
 本書は太平洋を舞台に激戦を繰り広げた日米両海軍の指揮官を取りあげる。米側ではニミッツ、スターク、フレッチャー、スプルーアンス、キングの五提督。日本軍人では、昭和海軍を率いた嶋田繁太郎、永野修身、源田実、大西瀧治郎、井上成美である。
 米軍指揮官の代表格であるニミッツ(太平洋戦域総司令官)は、その巨大な国力を最大限に活用する一方、リスクを最小限に抑え、勝つべくして勝つ作戦計画を練り上げ、それを粛々と実行した。マッカーサーのような派手さはこの名将には不要である。卓越した人物眼によって直属上司のキング作戦部長に逆らっても、ハルゼーやターナーといった一癖ある人材も勝てるチームに結集させた。
 ニミッツ戦略の忠実な実行者がスプルーアンスである。彼の最大の功績とされるマリアナ沖海戦では、先制空襲のリスクを承知のうえで、敢えて先制を許し、優れた防空システムを活用して日本の航空隊を空中で撃破し、サイパン島の上陸部隊の掩護任務を全うした。その戦法は慎重に過ぎ、大きな戦果を取り逃がしたとの批判もあったが、現在では最も理に適ったものと評価されている。スプルーアンスとともに再評価されているのがフレッチャーである。世界の海戦史でも希な空母戦の指揮をとり、空母の戦術・運用を発展させた一人である。ガダルカナル島進攻作戦の初期には空母を退避させ、上陸した海兵隊を見捨てたと非難された時期もあったが、最近ではこうした批判は下火となっている。
 スタークは複数国(日独)との戦争の危機に直面し、作戦部長として欧州優先の戦力配分(プランD)を主唱したことで知られる。そのスタークは、対日参戦と同時に無制限潜水艦戦の実施を命じ、島国日本の急所を衝いた。日本も開戦と同時に複数国との戦争(中国に加え英米戦)に突入することになったが、それに備える戦略は描かれず、「漸減邀撃」にこだわるあまり、旧来の二国間戦争の戦法にとどまったのと対照的である。
「人格者ならざる名将」と評されるキングは傲慢で、猜疑心が強く、協調性に欠け、謹厳実直なマーシャルとは対照的な人物であった。だが、アラン・ミレットなど多くの戦史研究家が認めるように、作戦部長としてのキングは海戦の手法に精通し、マーシャルと協力しつつ日本海軍を敗退させた立役者であった。とくにマーシャル諸島方面からフィリピンに向かう攻勢軸を定め、マッカーサーが推進するもう一つの攻勢軸と妥協することなく、マリアナの奪還による日本本土爆撃に道筋をつけた。
 米軍人以外では、英提督のサマヴィルとドイツ海軍のヴェネカーの叙述も新鮮である。東洋艦隊司令長官サマヴィルの戦法に関連し、セイロン島の攻防戦を「ミッドウェイのひな型」と見立て、ドイツ帝国時代の気風を受け継いだヴェネカーのヒトラーの海軍における複雑な意味づけは著者ならではの識見であろう。
 日本軍人評にコメントする紙幅は残されていないが、評者の関心をそそるのは源田、大西、井上の三人は山本五十六とともに先見性のある「航空主兵論」の系譜だったことである。井上が推進した重慶無差別爆撃も、山本の真珠湾攻撃も、大西の特攻も先見性ゆえの「慢心」に由来するようにも思われる。
 組織としての日本海軍の欠陥は「終章」に集約されている。能力主義の米海軍に対し、「卒業席次」が優先され抜擢が難しい日本海軍の人事慣行の弊害、さらに艦隊決戦というドグマに支配され、総力戦時代の戦争の本質は「混沌」であることに理解が及ばず、旧式の用兵思想に固執した。戦略環境の変化に応じて作戦を組み立てるという自明の叡智はついに発揮されなかったのである。
 著者は、現在日本で得られる最も良質の戦史や軍人論を提供し続けている。とりわけ、二〇世紀の外国戦史の叙述において、難解な軍事用語の正確な訳出能力に支えられた筆力は圧倒的である。
 クラウゼヴィッツの古典的名著『戦争論』がそうであるように、戦争や戦闘を見る眼を曇らせる「正邪」や「善悪」の観点を持ち込まない姿勢は、著者の『指揮官たちの第二次大戦』(新潮選書)でも徹底している。それは通説や俗説を排する大前提であるが、さらに対戦国側の戦史にも通暁している強みは、やがて大きな成果に結実するであろう。

(はたの・すみお 筑波大学名誉教授、日本政治外交史)

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