書評・エッセイ

2012年9月号掲載

大人のための、時空を超えるファンタジー

――ジュール・ヴェルヌ/村松潔訳『海底二万里』 上・下(新潮文庫)

竹内薫

対象書籍名:『海底二万里』上・下(新潮文庫)
対象著者:ジュール・ヴェルヌ著/村松潔訳
対象書籍ISBN:978-4-10-204402-5/978-4-10-204403-2

 子供の頃、寝床にもぐりこんで懐中電灯のスイッチを入れ、密かにジュヴナイルのSF作品を読み耽っていた(そのせいでひどい近視になってしまった)。その小説群の中に、当然のことながらジュール・ヴェルヌの『海底二万里』があった。子供心にノーチラス号の冒険に胸躍らせたり、ネモ船長の行動を怖く感じたり、最後には主人公たちの運命にハラハラドキドキさせられたりした。
 ちなみに、ネモは「誰でもない(英語なら no one)」だし、ノーチラスは「オウムガイ」の意味だそうである。こういった豆知識は子供の頃はなかったのだが。
 さて、多くの人がそうだと思うが、ジュヴナイル作品を読んで、おおよそのストーリーを知っているものの、意外と原典を読む機会はないものだ。特に青年期は、新しい本を脳ミソに詰め込むのに忙しく、子供の頃に読んだ本を「再読」しよう、という発想にならない。
 今回、村松潔さんの新訳『海底二万里』が新潮文庫から出るにあたって、書評の依頼を受け、初めて原典に触れることになった。しかし、送られてきた校正刷りを受け取った私は、思わずのけぞってしまった。ええ? この本って、こんなに分厚かったの? なにしろ、上下巻合わせて九〇〇ページ近いボリュームがあるのだ。
 ジュヴナイルで読んで、全てを知った気になっていた私は、大いに反省した。こりゃあ、ジュール・ヴェルヌの作品は、改めて全部読み返さないといけないかなぁ。
 この村松訳を読んだ正直な感想は、「かなりリサーチされているなぁ」というものだ。すでに岩波文庫、角川文庫、創元SF文庫、ハヤカワ・SF・シリーズなどでも邦訳が出ているが、おそらく、村松さんは、そういった先人の訳を検討したうえで今回の新訳を上梓されたのだろう。
 その証拠に、私のもとに最後に送られてきた「註」には、訳者の執念のようなものが感じられた。人名や(長さなどの)単位はもとより、本書に登場する数多(あまた)の生物の名称などが詳しく調べられわかりやすくまとめられて、興味のある読者のために供されている。

 訳から離れて、『海底二万里』の現代的な意味について少し考えてみたい。一八七〇年頃に出版された本書には、現代の原子力潜水艦のように高性能なノーチラス号が登場する。優れたSFは、時代を先読みする力を持っている。ジュール・ヴェルヌは、当時の最先端の科学知識をもとに、見たこともないはずの生物や島や海も描いているが、その時空を超えた想像力こそが、本書を不滅の古典文学作品たらしめているのだろう。
 実は、じっくり味わって読んでいたら、書評の〆切に間に合わなくなり、編集者から三日ほどの猶予をもらうはめに陥った。子供の頃のジュヴナイル作品と比べると、原典には、圧倒的な科学と文学の魂が感じられ、読む者の心をつかんで離さないのである。『海底二万里』は、大人のための科学ファンタジーだったのだ。

 先日、東京ディズニーシーのアトラクション「海底2万マイル」に乗ってきた。二歳になる娘もその神秘的な海底世界に魅了されたようだった。ディズニーシーから戻った翌日に、今回の書評を依頼され、なんだか運命のようなものを感じてしまった(笑)。
 来年はディズニーが「海底2万マイル」を映画化するらしい。そうなったら、映画を観て、アトラクションに乗って、原典である本作品を読破してみてはいかがか。必ずや、大いなる満足感に浸ることができるであろう。

 (たけうち・かおる サイエンス作家)

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