書評・エッセイ

2013年10月号掲載

世界水準の黙示録エンターテインメント

――東山彰良『ブラックライダー』

大森望

対象書籍名:『ブラックライダー』
対象著者:東山彰良
対象書籍ISBN:978-4-10-120151-1/978-4-10-120152-8

 とてつもない小説が登場した。
 文芸書が売れないこのご時世に、こんな小説を出す出版社もえらいが、書く作家はもっとえらい。六百ページを超える東山彰良の書き下ろし大作『ブラックライダー』は、およそ反時代的な暴挙、いや壮挙である。なにせ、本文一行目からしておそろしく挑戦的だ。いわく、
〈フィッシュ葬儀社の三男坊が人を殺してその肉を食べたこと自体は、まあ、目くじらを立てるほどのことでもない〉
 この世界では、人肉食を禁じる法律(ヘイレン法)が三年前に施行されたのだが、まだ厳密には守られていないらしい。主人公格の保安官、バード・ケイジによると、「建前では人を食ったら法の裁きを受けることになっているが、だれかが懸賞金でも出さないかぎり、わざわざ悪党どもをひっ捕らえようなんて酔狂なやつはいない」という。
 したがって、保安官が三男坊(クロウ)を追う理由は別にある。彼が仲間に加わった悪逆非道のレイン一味が列車強盗を働き、馬四十頭を強奪。所有者のデュカキス畜産が懸賞金をかけたのである。
 かくして、馬泥棒一味を追いかけ、開拓時代のアメリカ西部もかくやという一大ウェスタンが開幕する。しかし、もちろんこれは一八五〇年代の話ではない。読み進めるうちにわかってくるとおり、時は現代文明崩壊から数十年を経た未来(最近流行のポストアポカリプスものってやつですね)。六・一六と呼ばれる大災害(核戦争もしくは大規模核爆発)と、それにともなう急激な気温低下(おそらく“核の冬”)によって世界人口は激減。牛は絶滅し、食糧生産は途絶え、人間が生きるためにたがいの肉を食らい合う“弱肉強食”の世が到来した(人肉食に対する心理的ハードルが下がったSF的な理屈は、一応、ちゃんと用意されている)。
 しかしやがて、米大陸東部の科学者が、保存されていた牛の遺伝子と人間の遺伝子を混ぜ合わせて、新たな食用“牛”を開発することに成功。二本足で歩くこの新しい牛(繁殖力の強い小型のショートホーンと、大型で気性の荒いロングホーンの二種類)を育てることで、人肉を食べなくても生きていける時代がようやくやってきた――というのが小説の現在。
 とはいえ、“牛”の遺伝子の半分は人間なので、一種の食用人間だとも言える。それに、油断するとすぐ食われてしまう(人間にも食われるし、牛にも食われる)のは今も変わらない。三部構成の第一部では、この異様な背景のもと、寒冷化した北米大陸でぬけぬけと西部劇をやってのける。
 第二部の主人公は、メキシコの農園で人と牛のあいだから生まれた牛腹の子(イホ・デ・バカ)、マルコ。農園主にその知性を見込まれて飼育場から連れ出されると、三年で読み書き算術を学び、射撃と格闘術を習得する。そして、“金色の髪と、ぬけるように白い肌と、物憂げな青い瞳”を持つ美少年に成長したマルコは、頭の角と足の剛毛を隠して暮らしながら、老医師との対話を通じてみずからの使命に目覚めてゆく。
 やがて、ジョアン・メロヂーヤという新しい名を得たマルコは、“蟲”と呼ばれる寄生虫の大流行に真っ向から立ち向かい、世界に広がる破滅と闘う旅に出る。かくして、新たなる救世主の伝説が始まる。
 といっても、彼はもともと人間ではないので、善悪の概念とは無縁。蟲に感染した患者は平気で殺しまくるし、そもそも蟲による大量死を防ぐことが神の意志にかなうことなのかどうかもわからない。そして第三部では、保安官バード・ケイジ率いる討伐軍がジョアンたちの前に立ちはだかり、壮大な戦争アクションの火蓋が切って落とされる……。
 海外ではここ数年、文明崩壊後の世界を描くポストアポカリプスものが大流行。P・D・ジェイムズ『トゥモロー・ワールド』、コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』、マックス・ブルックス『World War Z』などのベストセラー群が続々映画化されているが、それらの名作と比べても、本書の独創性は群を抜いている。こんなにオリジナルで力強い小説も珍しい。フクシマの悲劇を経たからこそ幻視できた、世界水準の黙示録エンターテインメント。必読。

 (おおもり・のぞみ 書評家)

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