インタビュー

2021年11月号掲載

著者インタビュー

取り憑かれたように読み、伝えたくて書く――日常に共にある本と物語の背景

『ここに物語が』――日常に共にある本と物語の背景

梨木香歩

対象書籍名:『ここに物語が』
対象著者:梨木香歩
対象書籍ISBN:978-4-10-125347-3

――旅先の話題、特に北海道への旅が多いようですね。

 昔からずっと、北志向がありました。北海道の自然には今でも惹かれるものがあります。アイヌの人びとの世界の捉え方とか、開拓で大地と向き合ってきた人びとの生活とか。空港で飛行機から降り立ったときの大気の爽やかさとか。そういうことへの「好き」が、仕事と繋がっていったということに関しては、運のいい人間だったと思います。

――湖でのカヤックについても。カヤックで風に吹かれて本を読む、と『水辺にて』に書いていらっしゃいました。

 スポーツカヤックというのはまったく苦手です。運動能力も体力もないし。でも水上生活というのは好きなんです。飲み物と食料を持って、湖や沼で。川はだめです、流されちゃうから。でも運河はオーケー。水の上でぶらぶらしながら気に入った場所で本を読む。体が冷えないためのアウトドア・ウェアにも、一時期詳しくなりました。琵琶湖の周辺には、そういう運河や小さな湖などが多く、楽しみましたが、今は、なかなかそういう機会が持てないでいます。その代わりに野歩きが多くなりましたね。ただ、そうやって水上生活を楽しんだ孤独の時間というのが確実に私の体の記憶にあって、何かをするとき、何かに向かうときの基本の姿勢に組み込まれている感覚があります。

――ロングセラーの幾つかに現れる「小さい人」への興味は幼い頃からいまも、ずっと続いているのですね。

 スケールだけを小さくして、人間の生活とは違う生活が同時進行でこの世に営まれている、というストーリーには、幼い頃からずっと惹かれるものがありました。それが床下であっても、人間の内界であっても、「もう一つの世界」というものの存在はとても刺激的です。

――特攻兵だった和田稔さんについては、本の紹介にとどまらずその人生への思いを綴っていらっしゃいます。

『わだつみのこえ消えることなく』の存在自体は知っていたのですが、読むのがつらくて無意識に避けてきたものでした。昨年立て続けに元回天、伏龍、震洋特攻隊に所属されていた岩井ご兄弟が証言集を発表され、そのなかに『わだつみ〜』の著者、和田稔さんについての思い出話があり、感銘を受け、いよいよ向き合う時が来たのだ、と、覚悟して読みました。そのことについてのエッセイを書いたら、それを読んだ本書の担当編集者が、以前手掛けた芹沢光治良さんの作品集に在りし日の和田稔さんとの会話を取り上げた作品がある、と教えてくれたのです。それを読んでますます深く彼の孤独について考えることになり、終戦記念日も間近だったこともあったのか、なんだか書かざるを得なくなるような衝動を抱えて、ほかの媒体にも書き続けて、それらもこの本に収録しました。

――「コヴィッド-19じんとして」生きるという表現が、ごく最近書かれたもの二つに出てきています。

 コロナ禍で人種差別や貧富の格差、様々な課題が剥き出しになってしまったところがありました。
 ベラルーシ出身の作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは『完全版 チェルノブイリの祈り』で、チェルノブイリに生い育った人間だけでなく、チェルノブイリ事故を経験した人間、直接には経験していなくても、例えば事故後チェルノブイリに移り住んだ、他国からきた難民たち――人間同士の殺し合いよりも放射能の方がまし、というわけです――そういう人びとも含めて「チェルノブイリ人」と呼んでいます。チェルノブイリが、人生に大きく関わってきて良くも悪くもそれ抜きでは人生を語れなくなった人びとを、そう呼んでいるのです。「コヴィッド-19人」という言葉は、そういう意味で、これから私たちは皆、国を超え、人種を超えて「コヴィッド-19人」という一つの呼称に収斂されていくのではないか、という仮説そのものとして提出しました。世界は一つ、という、オリンピック等の壮大なお祭りでの理念上の言葉でしかなかったものが、手酷い体験を通して、共通の災禍をかい潜ったもの同士の否応ない共通感覚を通して、ようやく実感のこもった言葉として手にすることができるのかもしれない、そこにせめて、人類の精神性が次のステップへ向かう可能性はないだろうか。そういうことを考えていた時期だったので、媒体が違い、テーマが違っても自然に出てきてしまったのでした。

 こうやって、本のみならず、様々な対象について語っているものを寄せ集めてみると、我ながらその時期その時期、取り憑かれていたものが明確になっているようで、個人的には感慨深いものがあります。そこにあるはずの物語を読み解こうとする姿勢だけは、蟹が同じ形の穴を掘り続けるように変わりばえしませんが、大して成長もなく過ごしてきたことに、諦めにも似た嘆息が出ます。手にとって読んでいただける方には感謝のほかありません。

(なしき・かほ 作家)

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