対談・鼎談

2022年1月号掲載

20周年記念スペシャルアニメ「しゃばけ」配信記念対談 後篇

しゃばけとアニメとパンデミックと

伊藤秀樹 × 榎木淳弥

大好評配信中のしゃばけアニメについて、伊藤監督と主演の榎木氏が語る!

対象書籍名:『またあおう』(新潮文庫)
対象著者:畠中恵
対象書籍ISBN:978-4-10-146174-8

小説をアニメ化するということ

榎木 20周年記念アニメ「しゃばけ」は、しゃばけファンの皆さんにも大好評で、かつての読者が戻ってくるきっかけにもなっているとか。

伊藤 いつもは批判されることが多いんだけど(笑)、今回は珍しくいろんな人に褒めてもらいました。

榎木 それは嬉しいですね。

伊藤 なかでも今回編集をお願いした瀬山武司さんが褒めてくださったことで、「ああ、これはそんなに大きく間違ってはいなかったんだな」と安心しました。瀬山さんはアニメ「アルプスの少女ハイジ」で編集をされていた方。僕にとってテレビアニメの理想は「ハイジ」だったので。

榎木 それはすごい。やはり原作ものだと、「間違っているかどうか」というのは気になりますか?

伊藤 はい、特に「しゃばけ」シリーズのように多くの人に愛されている作品は、原作の「空気感」を壊さないように気を付けます。榎木さんは原作の存在は意識するほうですか?

榎木 もちろん事前に目は通しますが、「原作はこうだから」と固定観念を持たないよう、台本に書かれていることがすべて、と思って演じています。

伊藤 声優は、描かれた世界をより豊かに膨らませることが仕事ですからね。

榎木 原作が漫画か小説かによって絵を作る上での違いはありますか?

伊藤 小説のほうが難しいのは確かです。ただその分面白いですね。漫画のアニメ化は技術力を供与するだけ、と思う時もありますが、小説には自分の想像が入り込める余地がありますから。

榎木 なるほど。

伊藤 小説を絵に起こすときには、行間を読む力が試されますが、その力は誰にでもあるわけじゃない。どう考えても悲しい場面なのに、薄ら笑いを浮かべた絵を描いてきてしまうアニメーターもいるぐらいで。

榎木 行間を読む力は、どうやって身に付けたらいいんでしょう。

伊藤 ぼくは高校生の頃からアニメーターになると決めていたので、授業はサボって図書室で谷崎潤一郎や林芙美子などをたくさん読んでました。その経験が役に立ったのかな。いまも本が好きで、職場が三鷹なので太宰熱も再燃しています。

榎木 読書が大事なのですね。読解力は役者にとっても必要です。セリフの一つ一つに自分の解釈が反映されてしまうので。

「知的で野蛮」なジブリの先輩たち

榎木 最近はパンデミックの影響で、アフレコの風景も変わりました。スタジオの人数制限で、一人ずつの録りになってしまうことが多いんですよね。

伊藤 榎木さんのような人気声優の方は忙しすぎるので、スケジュールが合わないという問題もありますし。

榎木 ですが今回は一人ではなく、仁吉役の内山昂輝くん、鈴彦姫役の金元寿子さんと掛け合いで演じることができたのがよかったです。

伊藤 もちろん皆さんプロフェッショナルだから、一人で録っても水準以下になることはないけど、掛け合いの中で予期せぬプラスアルファの効果が生まれることがあるんですよね。

榎木 屏風のぞき役の木村良平さんは一人のアフレコでさびしかったかも(笑)。制作の現場ではどうですか?

伊藤 パンデミック以降、制作スタジオに人が集まらなくなってしまったことに困っています。アニメーターってもともと引きこもりがちなんです(笑)。デジタル作画なら家にいてもできますが、スタジオで先輩から学んだり、熱気を体験したり、ということが大切なのに。

榎木 それは残念ですね。

伊藤 僕はアニメーターとして最初にスタジオジブリで仕事を教わったのですが、あの人たちの佇まいに学ぶことが多かったんです。知的でありながら野蛮な。あれはまさに「薫陶」でした。

榎木 想像できるような(笑)。

伊藤 野蛮を通り越してときに凶暴になることも(笑)。仕事をはじめて覚えたときに彼らの凄みのようなものを目の当たりにしたのが、自分の芯になったような気がします。

榎木 役者も同じで、先輩の芝居が現場で見られないのは、若い人にとっては苦しいだろうな、と思います。打ち上げもないですし。

伊藤 制作側と声優との交流も今は難しいですね。アニメ「夏目友人帳」のときは、夏目役の神谷浩史さん、ニャンコ先生役の井上和彦さんと打ち上げで話したことで、すごく人として尊敬できる、とか、芝居をただ楽しみに見ていられるという信頼感が増していきました。スタジオで録ったものを聴いているだけじゃ、そこまではわからない。

榎木 仕事以外の話もできる場というのは、本当に大切ですよね。

伊藤 ただコロナ禍でも不思議なことに、アニメの製作本数自体は増えているんです。

榎木 それは僕も実感しますね。

伊藤 20年ぐらい前は週20~30本で「作りすぎ」と言われていたのですが、今は週100本ぐらい作られている。

榎木 がんばりすぎなのかも(笑)。

伊藤 企画の本数にたいして、才能の数は限られている。アニメ業界は永久に人手不足なんですよ(笑)。


 (いとう・ひでき アニメーション監督)
 (えのき・じゅんや 声優)
 20周年記念スペシャルアニメ「しゃばけ」は新潮社「しゃばけ」公式サイトにて配信中

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