インタビュー

2024年2月号掲載

『一夜 隠蔽捜査10』刊行記念インタビュー

「組織人」竜崎を描く面白さ

今野敏

対象書籍名:『一夜―隠蔽捜査10―』
対象著者:今野敏
対象書籍ISBN:978-4-10-300263-5

――記念すべきシリーズ十作目がついに刊行となりました。今回はシリーズで初めて作家が登場し、主人公の神奈川県警刑事部長・竜崎は、文芸の世界に触れることになります。

 そうですね。しかも純文学の作家と大衆文学の作家、どちらも出てくることになりました。
 ただ、最初から作家を出そうと考えていたわけではないんです。場所を小田原にしよう、というのを先に決めて、あ、小田原といえばY先生がいるな、と。Y先生は私と同じエンタメの作家ですので、ではそれとは違う作家も出そう、ということで純文学の作家も登場させ、さらにそこで事件を起こそうと考えて、その純文学作家が誘拐されることになりました。

――その誘拐事件について竜崎はミステリ作家の助言も得ながら捜査に臨みます。竜崎は小説には疎いようでしたね。

 あんまり読んでいないほうが面白いと思ったんですよ。妙に詳しいとつまらないので。何も知らないからこそ、小説家に「エンタメとは」とか、いろいろ率直なことを尋ねる。かたや俗物である警視庁の同期キャリア・伊丹は、もともと文学が結構好きなんです。

――ご自身と同じ職業の人物を書かれるというのはいかがでしたか。

 書いてみて、実は純文学の世界のことはほとんど知らない、ということに気付きました。純文の作家とはこれまでほぼお付き合いがなかったんです。それを、たぶんこうじゃないかなあ、と想像しつつ、自分たちエンターテインメントの作家と対比させながら書くのは面白かったですね。
 書いた後で、『去就 隠蔽捜査6』文庫版の解説も書いてくださった川上弘美さんの受賞をお祝いしに野間文芸賞の授賞式に行ったのですが、受賞者と選考委員との間に垣根がないというのが新鮮でした。エンタメの賞だと、だいたい選考委員の方がエラそうにしているじゃないですか(笑)。あとは二次会の雰囲気も違いましたね。作家同士の空気が違うんだろうな。編集者はあんまり変わらないんだけど。

――今作に出てくる文庫編集者・赤井のように、両方の作家を担当するということもありますよね。
 さらに今回は、竜崎が神奈川県警に着任してから長編三作目となり、県警メンバーの「らしさ」も見えてきました。

 段々それぞれのキャラクターが出来てきましたね。竜崎の上司にあたる、佐藤本部長がお気に入りです。あとは阿久津参事官も、書きながら好きになってきました。二人ともキャリアですが、竜崎が刑事部長になったことで、物語全体のキャリア色がより強くなりましたね。
 竜崎を異動させたのは良かったと思います。私自身も書いていて新鮮なんです。以前は大森署長でしたが、署長というのはいわば「一国一城の主」。一方で、部長は警察官僚の組織の中に組み込まれているので、自然と、組織人としての佇まいが出てきました。
 ただ今になって思えば、異動させた当初は、部長という立場がどれくらい偉いのか、私自身あまり把握できていなかったところがあります。その後、書きながら、部長の下には課長以下、これだけの数の部下がいる、というのが徐々に実感できてきた。部長って、実は相当偉いんですよ。

――その竜崎を主人公とした物語も、来年には二十周年を迎えます。ここまで続けてこられて、何か変化などはありますか。

 もうそんなになりますか。私自身は何も変わらないというか、以前と同じように仕事をしているだけなのですが、ここ数年でいえば、やはりコロナによって、世の中のほうが変わりましたよね。外に出掛けて酒を飲んだりという時間もなくなったので、家にいて仕事ができる時間は増えました。その分、仕事のスケジュールは楽にはなりましたが。

――しばらくは文学賞のパーティーもなかったですが、昨年末開かれた今野さんの作家生活四十五周年を祝う会には、若手からベテランまで、多くの作家が集い大盛況でしたね。

 私が若い頃は、わりと先輩作家と飲む機会があったんです。そこで学ぶことも多くあったので、後輩たちにも、そういう関係を持ってほしいなと。もちろん飲むのが好きじゃない人を無理矢理引っ張ってくるつもりはないんですが、飲むことが好きな作家もいるので、そういう人たちとは、集まって食事したり喋ったりする機会を、自分が年長になった今、意識的に作るようにはしています。
 若い時に、雲の上の人だと思って接していた作家が自分をライバル視してきて驚いたことがありますが、いくら後輩といえど、当然、読者を取り合う商売敵でもある。私も大いに刺激をもらっていますね。
 シリーズの今後はまだ決まっていませんが、引き続き「11」も読者の皆さんに楽しんでもらえるよう、頑張ります。


 (こんの・びん 作家)

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