書評・エッセイ

2013年2月号掲載

『いちばん長い夜に』刊行記念特集

彼女たちの「それから」

――乃南アサ『いちばん長い夜に』

北上次郎

対象書籍名:『いちばん長い夜に』
対象著者:乃南アサ
対象書籍ISBN:978-4-10-142553-5

 乃南アサの「マエ持ち女二人組」シリーズの第3弾である。このシリーズを知らない読者のために、まずは簡単にご紹介しておく。主人公は小森谷芭子(はこ)三十歳、江口綾香四十二歳。この二人である。彼女たちがどういう関係なのかについては本書から引く。
「前科(マエ)持ちの刑務所(ムショ)仲間。それが芭子と綾香の関係だった。/犯した罪の内容も、受けた量刑も違う。だが罪の代償として、刑務所(あそこ)に入っただけでなく、それまで住んでいた家、親兄弟、友人知人といったすべてのものを喪い、天涯孤独の身の上になった点は同じだった。他に誰一人として頼る相手もいない。だからこそ住まいだけは別だが、二人で文字通り肩を寄せ合い、ひたすら目立たないように、ひっそりと暮らしている」
 もう少し詳しく書いておくと、小森谷芭子は大学生のときに新宿歌舞伎町のホストにいれあげ、貢ぐ金欲しさに借金を重ね、それでも足りなくて、伝言ダイヤルで男をホテルに誘い眠らせたあとに財布を抜き取るという犯罪を犯してしまう。結局は昏酔強盗罪で七年服役。対する江口綾香は夫の暴力に我慢していたものの、わが子にまで暴力が及ぶことを恐れ、夫を殺害。その事情を考慮されて五年の刑。こうして刑務所内で二人は知り合い、出所してからも谷中でひっそりと寄り添うように暮らしている――というわけだ。
 週に数回は一緒に食事をするが、芭子の家にきて綾香が料理を作ってくれたり(そうして何も知らなかった芭子が、少しずつあらゆることを覚える)、居酒屋「おりょう」に行ったりする。休みの前夜にその近所の店でほんの少しの贅沢を味わうのが、二人のささやかな楽しみである。
 違うのは、家族から一方的に、戸籍から外されることの代償に、祖母の家と財産を分与された芭子に対し、綾香は将来パン屋さんを開くのが夢ではあるものの、家賃や生活費を稼ぐのがやっとで、資金がなかなか溜まらないこと。もう一つ大きな違いがあるのだが、それは後述する。
 これまで、綾香が詐欺にあってパン屋開業のために溜めた資金の大半を失ったり(『いつか陽のあたる場所で』)、懸賞に当たって大阪旅行に二人で出かけたら、綾香の高校時代の同級生に会ってもう故郷には帰ってくんなよと言われたり(『すれ違う背中を』)、さまざまなことがあったが、それらを未読の方でも大丈夫。この二人にこれまでどんなことがあったのか気になる方は、本書をお読みになってから遡ればいい。
 このシリーズに重要な脇役として登場する警察官の高木聖大(せいだい)くんが『ボクの町』『駆けこみ交番』では主役となっていることや、季節感に溢れていてその季節ごとの食べ物がとても美味しそうであることも重要だが、本書の最大のキモは、芭子が綾香の息子の消息を探しに仙台を訪れる後半の展開だ。
 芭子は米さえ満足に炊けない無知な娘だった。当座の生活に困らない金を渡されたものの、一人暮らしも初めてで、誰に頼ることも出来ず、近所の誰かが自分を前科者と知っているのではないか。そう思ったら外出もできない。少し遅れて出所してきた綾香がかねてから約束していた通りに訪ねてくれるまでは、引きこもりのような暮らし方をしていた。そんな芭子に、綾香は米の研ぎ方から始まって、だしの取り方、洗濯の仕方、掃除のコツにいたるまで教えてくれた。ならば、自分も綾香に何かしたい。そう思って、綾香の故郷である仙台を訪れるのである。
 そこで彼女はあの「東日本大震災」に遭遇する。たくさんの命が失われた現場に立つことになる。この後半の展開こそが本書の読みどころであろうからここに詳しくは書かないが、芭子と綾香の違いがこのことによって突出するのだ。
「自分たちは互いに一線を越えた経験を持つものだが、芭子の越えた一線と、綾香の越えた一線とは、思っている以上に違うのかも知れない」
 とそれまでも漠然と芭子は思っていたのだが、ではどう違うのか。その違いを、たくさんの命の喪失という大災害が鋭く照射するのである。シリーズ第1作『いつか陽のあたる場所で』のときにまさかこうなるとは思ってもいなかった。作者のあとがきを読むと、これでこの「マエ持ち女二人組」シリーズは終わるという。彼女たちが真摯に生きるかぎり、それは当然の帰結であり、私たちはその新しい旅立ちを見送るしかない。一抹の淋しさも禁じえないが、しかし彼女たちはどこかで必ず生き続ける。精一杯、生き続ける。その姿を思い描くことが、私たちの力になるはずだ。それがこのシリーズの意味だったのだといまになって気づくのである。

 (きたがみ・じろう 文芸評論家)

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