書評

2026年7月号掲載

人と生きることを肯定してくれる六篇

一穂ミチ『たぶん、恋しい』

瀧井朝世

対象書籍名:『たぶん、恋しい』
対象著者:一穂ミチ
対象書籍ISBN:978-4-10-356951-0

 直木賞を受賞した『ツミデミック』は、不穏なテイストの序盤から光を感じさせる終盤へと、作品のトーンが変化していく短篇集だった。単行本刊行当時にインタビューした際、著者の一穂ミチは、書き始めたのはコロナ禍の初期、つまり先の世の中が見えない状況の頃だったが、書いているうちに少しずつウイルスと共存していくという世界の道筋が見えてきたため、作品のトーンが変わっていった、というようなことを語ってくれた。新作短篇集『たぶん、恋しい』の執筆期間、著者はどんな心持ちで世間を眺めていたのだろうか。いずれにせよきっと、とても優しいまなざしを向けていたに違いない──そう思わせる作品集だ。
 本書は2023年から2026年にかけて「小説新潮」に寄せた六篇を収録している。どの短篇も、他人には理解されにくいだろうこだわりや秘密と、そこから生まれる、誰にでも心あたりのある感情の揺れが描かれていく。
 巻頭の「エンパイアライン」は、飼い猫を溺愛する女性と交際をはじめた男の話。猫のために夜は早めに帰り、旅行もしない彼女とつきあって半年。ようやく彼女が自室に招いてくれた。そこで彼が見たものは、意外にも……。
 二話目の「わたしたちは平穏」は、食の好みも暮らし方も恋愛も淡泊、という共通点のある男と交際する女の話。彼が住んできた一軒家で同棲を始めた二人だったが、ほどなく彼女は部屋のなかで、華やかないで立ちの女性の幽霊を見かけるようになる。
 三話目の「月を経る」では、更年期に入り突如出血量が増えた月経に難儀しながらも、女であることに過剰に警戒心を抱かずにすむ年齢が居心地よく感じる四十八歳の女性の話。が、穏やかな交際が続いていた一回り年下の彼から、突然結婚を申し込まれてびっくり。自虐でも卑下でもなく「閉経しかかった女と、好きこのんで結婚しなくても……」と思い、返事ができずにいる。
 四話目の「あなた」は、じつに二十三年にわたる単身赴任生活を終えた夫を家に迎えいれる妻が主人公。娘はもう成人して家を出ており、二人の暮らしにはやや違和感がある。それよりも気になるのは、夫が目を整形手術したのではないかという疑惑。しかし本人にはなかなか訊けない。
 五話目の「すげえ泣くじゃん」は、二十七歳の青年のもとに、突然小学六年生の甥っ子が訪ねてくる。少年は現在居場所が分からない母親、つまり主人公の姉がテレビのニュース映像に映っていたのを見たらしく、彼女に会いたいと言う。その日ちょうど恋人とドライブに行くつもりだったため、青年は甥と恋人と三人で出発する。そんな彼には、じつは誰にも言えずにきた秘密がある。
 六話目「たぶんそんな感じ」の主人公は、不本意ないきさつで仕事を辞めた女性だ。彼女は海外を飛び回る母親に頼まれ、急遽高齢者向けマンションにいる大叔母を迎えにいかねばならなくなる。というのも、施設で大叔母が何を訊かれても指笛でしか応えず、しかもその指笛がうるさいとの苦情が出て、自宅へ連れ帰らねばならなくなったのだ。大叔母は元文化人類学者で、口笛で意思疎通する民族に関心があったらしい。
 どの話にも、〈誰かと共生する〉状況が盛り込まれ、それが通底するテーマだと感じさせる。登場人物の誰かしらが、他人にはなかなか理解されにくい個人的なこだわり、思い、秘密を持っているのも共通点。そのこだわりが異端視されるというよりも、どう受け入れられていくのかの物語たちが並んでいる。主要人物でなくとも、たとえば電車の中で隣の空席に向かって話しかけるおじさんや、楽しいことがあると逃亡したくなってしまう衝動を持つ女性など、ちょっと変わっているけれど身近にいそうな人々の造形が絶妙で、本人たちにもどうにもできない、そのままならなさに親しみと同時に哀切がこみあげる。だけど、そんなどうにもならないことを抱えながらも、人は存外ポジティブに生きていけると感じさせるのが、ここに収められた六篇なのである。
 どの話も、主人公たちが一言では表現しきれない、複雑な感情を抱えるところで終わる。でもきっと、その瞬間の彼らの気持ちは読み手にはちゃんと伝わっている。それぞれの心模様はどれも、どこかに穏やかでしみじみとした「恋しい」という気持ちが混じっている。『たぶん、恋しい』という短篇集は、たぶんではなくて間違いなく、人間というものが愛おしくなる短篇集である。

(たきい・あさよ ライター)

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