書評

2026年7月号掲載

「難攻不落」高畑勲の創作に、新発見で挑む

寺越陽子『高畑勲と「火垂るの墓」─「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く─』

ライムスター宇多丸

対象書籍名:『高畑勲と「火垂るの墓」―「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く―』
対象著者:寺越陽子
対象書籍ISBN:978-4-10-357081-3

 今となってはそれ以外の完成図など想像することすら難しいほど、決定的な「正解」を叩き出しているように見える、歴史的傑作たち。しかし実際には当然のことながら、そこにたどり着くまでには、作り手たちが時に悩みながら下した無数の判断と、いくつかの奇跡的幸運の、積み重ねがある。つまりその作品が、我々がいま知るかたちとはまるで違ったものになっていた可能性も、実は大いにあったのだ……!
 そんな危うい綱渡りが、最終的には誰もが認める成功へと繫がってゆく物語は、必然、大きなカタルシスを生む。「名作誕生秘話」はその点で、高い満足度が保証されているも同然なジャンルなのである。映画関連書籍だと、例えば『2001:キューブリック、クラーク』、『ザ・ゴッドファーザー』、『砂の器 映画の魔性 監督野村芳太郎と松本清張映画』、『メイキング・オブ・スター・ウォーズ 映画誕生の知られざる舞台裏』、『マッドマックス 怒りのデス・ロード 口述記録集 血と汗と鉄にまみれた完成までのデス・ロード』あたり、どれもページをめくる手が止まらない面白さだ。
 その意味で、『高畑勲と「火垂るの墓」─「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く─』は、そうした「名作映画メイキング本」の系譜にも確かに連なりつつ、類書とはいささか異なる感触でもある一冊、とは言えるかもしれない。前述したような言わば「約束されたハッピーエンドに全てが収斂されてゆく」物語化とはむしろ一線を引き、逆に、「なぜ高畑勲は『火垂るの墓』を“このかたち”にしようと考えたのか?」という問いを、掘り起こされた資料と改めての関係者取材から、一歩ずつ「遡って、探ってゆく」アプローチが取られているからだ。そしてそこには、高畑勲という作家の「難攻不落」ぶりが、大きく関係している。
 言わずもがなアニメーション史に屹立するこの巨人は、盟友にしてもう一人の巨人・宮﨑駿とは対照的に、基本的に「自ら絵は描かない演出家」である。その名作群の異常な完成度は、もっぱら彼があらかじめ構築した、鉄壁の論理とビジョンによってもたらされたものなのだ。
 驚くべきは、特に高畑勲の場合、そこに迷いの過程のようなものが、いっさい見えてこないことだ……それこそメイキング的な種明かしや「物語化」を良しとしない徹底した作品主義を貫いたこと、舌鋒鋭い理論家だったことも手伝って、少なくとも彼の中では最初からいきなり答えが出ているかのように、我々には感じられてきた。分析したり論じたりする対象としては、やはり「難攻不落」たる所以だ。
 大量に遺された作品資料がこれでもかと展示されていた2019年の「高畑勲展」を経てもなお、その印象は強まる一方だったのだが……実はその中に、貴重な新発見が含まれていた。題名にもある「7冊の構想ノート」である。「原作に忠実な映画化」を常に心がけていたという高畑勲が、野坂昭如の短編小説を、どのような思考のプロセスを経てアニメーション映画に翻案していったのかが、ここには克明に記録されている。「最初からいきなり答えが出ている」わけでは、もちろんなかったのだ!
 原典をひたすら読み込み、吟味し、その本質をアニメーション映画というメディアを通して最も効果的に伝えるためにはどうすべきなのか、繰り返し繰り返し、問い直す。その中からついに、ノートも4冊目となったところで、原作のどこか突き放した視線を見事映画的に表現した、高畑勲版「火垂るの墓」最大の発明とも言うべき「幽霊の清太」が、初めて登場する……これ以上ないほど真っ当に創作へと向き合う姿勢があればこそ到達できた、「正解」。この「種明かし」にはやはり、間違いなく後世のクリエイターたちの糧にもなろう、創造行為の真髄が詰まっているように思う。
 さらに本書は、結果的に採用されなかった深沢一夫脚本や、色付けが間に合わず線画のみのシーンを含んでいた初公開時の上映フィルム(しかも、その時に得た手応えが後の「かぐや姫の物語」などの手法へと繫がっていった、という高畑勲本人の言葉まで)も追って発掘し、検証を加えてゆく。映画研究として、画期的な成果であることは言うまでもない。
「火垂るの墓」ラスト、我々が暮らす「現在」を黙って見つめる兄妹の魂のように、本書もまた、結局この作品をどう解釈するか? という問いを、ひとつの答えに収束させず、読者の側にもあえて、投げかけてくる。「問い続ける」ことこそ、高畑勲が本作に託したものだったのだから……この丹念で誠実な調査が、改めてそれを、明らかにしてみせたのだ。

(らいむすたーうたまる ラッパー、ラジオパーソナリティ)

最新の書評

ページの先頭へ