書評

2018年4月号掲載

『明るい夜に出かけて』ラジオドラマ収録に寄せて

もう一つの「明るい夜」

佐藤多佳子

対象書籍名:『明るい夜に出かけて』
対象著者:佐藤多佳子
対象書籍ISBN:978-4-10-123736-7

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 先日、ニッポン放送に招かれてお邪魔をした。ラジオ好きにはあこがれのイマジンスタジオ。局内にある録音、イベントなど様々に活用する多目的スタジオで、オノ・ヨーコのサイン・プレートがある。
 録音機材のあるスタッフ用のスペースに入ると、ガラスの仕切りの向こうでは、もう演技が始まっていた。覚えのある台詞が覚えのある声で再現されてドギマギする。そのシーンの収録が終わり、小泉今日子さんにご挨拶する。小泉さんが昨年オールナイトニッポンの一夜パーソナリティを務めた時に、『明るい夜に出かけて』を詳しくご紹介いただき、本当に嬉しかった。ナマで見るキョンキョンの笑顔は、まぶしいほど輝いていた。
 そう、その夜は、ラジオドラマの収録だったのだ。『明るい夜に出かけて』が、オールナイトニッポン五十周年記念特別ラジオドラマとして放送されることになった。出演の四人は、ラジオに縁の深いキャスティングだ。主人公富山には、オールナイトニッポン月曜パーソナリティの俳優、菅田将暉さん。そして、鹿沢役は、同じく金曜パーソナリティの三代目 J Soul Brothers パフォマーで俳優としても活躍する山下健二郎さん。佐古田役は、ニッポン放送で毎週金曜にレギュラー番組を担当している、女優の上白石萌音さん。永川役は、インターネットラジオを中心に様々なパーソナリティをこなす、声優の花江夏樹さん。放送時にキャストの姿が見られないことがもったいないような豪華なメンバーだが、深夜ラジオをモチーフとして、実在のニッポン放送の番組の内容をたくさん取りこんだ作品のドラマ化に、これほど嬉しい媒体はない。二百八十ページの小説を五十分のドラマに凝縮するのは大変だったと思うが、北阪昌人さんの脚本は本当に素晴らしかった。

 作品をラジオドラマにしていただいた経験はあるが、収録を見るのは初めてだった。
 百五十人が着席できるホールの広さの中で、四脚のパイプ椅子と、それぞれの録音用のスタンドマイクが手前にぽつんと小さく見える。まずは、菅田さん、山下さんのかっこよさ、上白石さん、花江さんのキュートさに、目を奪われつつ、リハーサルの演技を見聞きした。
 パーソナリティの時は、大阪弁を交えつつ、語りのユニークな菅田さんが、心身症のネガティブ男、富山としてぼそぼそと話す。やはり番組ではポップな持ち味の山下さんが、「お兄さん」な感じの鹿沢を渋く華やかに演じる。上白石さんはサイコ娘の佐古田として思い切りよくはじけ、花江さんはクソメン永川を明るいオタクとして盛り上げ、お二人の声優キャリアの底力を感じさせた。

 ラジオドラマの特徴でもあるが、主人公のMC――独白が多い。原作は一人称で、二十歳の富山が会話以外のすべてのシーンを語っていく。その富山の語りを、若者の中の若者というふうな菅田さんの声で聞くのは、しびれるような喜びがあった。言葉の微妙なニュアンスが、ナチュラルに耳や脳内に沁みてくる。自分の書いた台詞や文章が音のみで表現されるラジオドラマは、実は、聴くと、かなり恥ずかしいものなのだ。嬉しさと同じくらい、照れくさくて頭を抱える。それが、今回は、どのシーンも、嬉しさだけで受けとることができた。演者を目の前で観ていたせいもあるだろうか。
 本当に熱演だった。菅田さんは、このまま映像として見ていただきたいくらい、表情や身振りまでリアルで繊細な演技だった。山下さんは、クールなのにホットという鹿沢の雰囲気を絶妙に表現していた。上白石さんは、生き生きとしたかわいい、アウトな女子高生そのもので、花江さんは、永川のしょうもない感じをしっかり表現しながら「すげえいいヤツ」だった(全員、すごくモテそう)。
 四人が終始一緒に世界を作っていく収録風景は、単発のラジオドラマ特有の舞台裏であり、あまり言及するものではないかもしれない。それでも、原作者として、それぞれの登場人物がそろって、そこにいてくれるような、暖かい不思議な感動があった。綴じていないコピー用紙の台本を、演者が読み終わるごとに一枚ずつ落としていき、マイク周辺の床が白くなっていく眺めが、とても美しかった。
 キャストの方に作品を面白いと誉めていただけたことも本当に嬉しく、また色々頑張りたいと力が湧いていた。

 (さとう・たかこ 小説家)

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