書評・エッセイ

2018年5月号掲載

光のどけき老いの日々

――中澤日菜子『Team383』

川本三郎

対象書籍名:『Team383』
対象著者:中澤日菜子
対象書籍ISBN:978-4-10-351741-2

 四十代の作家が七十代の老人たちを主人公に、これほど泣かせる小説を書き上げるとはうれしい驚きである。デビュー作『お父さんと伊藤さん』で七十四歳の「お父さん」を娘の目を通して魅力的に描いた作者ならでは。
 七十代の五人の男女が登場する。加えてそれぞれの伴侶や友人たち。読み進むうちに、彼らが、ゆるやかなもうひとつの家族を作り出してゆく。
 後期高齢者になると、車の運転に危険が伴うからと、車の免許証を返納することになる。世の中からいよいよ余計者扱いされてゆく。そこで落込んではいけないと、彼らは車のかわりに自転車に乗る。五人でひとつのチームを作って富士スピードウェイで開かれる耐久レースに出場することになる。チーム名は、全員の年齢を足して「Team383」。
 中澤日菜子のいいところは、いつも登場人物の仕事をきちんと書き込むこと。人の生は仕事との関わりでこそ形を持ってくる。
 小田山葉介(75)は個人タクシーの運転手だった。坂内菊雄(77)は家族でコンビニを営んでいる。石塚紅子(78)はいわゆる町中華のオーナー。鈴木比呂海(75)は大学の先生だった。中原玄(78)は最後まで何をしているか分からない謎めいた硬漢だが、実は、殺陣師だったと分かる。
 職業も、辿ってきた人生も違う五人が、自転車チームを作ることで、御近所内共同体を作り上げてゆく。
 とはいえ、ことはそう簡単には進まない。紆余曲折がある。それぞれが七十代ならではの生活の重みを抱え込んでいる。五章から成る。各章で、五人の一人一人のいまの暮しが描かれてゆく。
 読み始めた時は、五人の老人たちが「まだ若い」とがんばる、よくある元気な老人の物語かと思っていたが、徐々に日がかげるように、それぞれが背負っている重荷が平穏な日々をおおってくる。
 第二章では、コンビニを営む菊雄の妻が乳癌になる。癌は細胞の老化現象であり、年を取れば避けられない。菊雄の妻は大人しい女性で、これまで強く自分の意見を言うことはなかった。それが、手術の前に、はじめて、やっておきたい夢を夫に語る。なんと結婚式! 自分たちは結婚する時、親族の死という不幸が重なったために、結婚式が出来なかった。だからいま、ドレスを着て結婚式をしたい。
 この小説の七十代というのは、だいたい終戦の時に小学生だった世代。そして戦後の貧しい時代に育った。だから贅沢に慣れていない。それだけに菊雄の妻が、手術の前に、ずっと我慢してきた結婚式をしたいという夢を語るのは切なく、ほろりとさせる。
 大学教授だった比呂海の妻が認知症になってしまう第三章は悲しい。連れ合いのどちらかが認知症になる。夫婦に訪れるつらい試練だろう。比呂海が、他人に迷惑をかけまいと息子にも言わず、一人で妻を介護し続ける姿は他人事とは思えず胸が痛んだ。中澤日菜子は、老人たちの自転車レースという明るい物語の背景に、きちんと老いの厳しい現実をとらえている。
 出色なのは第四章。
 紅子の高校時代の同級生、マサ子は二年前に長年連れ添った夫を亡くした。夫はさまざまな下積みの仕事をし、暮しは楽ではなかったが、仲のいい夫婦だった。
 それだけに夫に死なれ、マサ子は気力を失って、家にひきこもった。心配した紅子が家に行ってみるとゴミだらけ。これは大変だと、世話焼きの紅子はゴミ片づけを始める。親切心からなのだが、ある時、マサ子は紅子に、もう家に来ないでと言う。他人にはゴミに見えるかもしれないが、マサ子にとっては、夫との大切な思い出の品なのだから。
 老いは過去の記憶と共にある。深い思い出を持つことで老いは豊かになり、そして、現在を生きる力を得てゆく。
 五人が集まるのはいつも紅子の店「紅花亭」。老人たちのユートピアに見えてくる。『お父さんと伊藤さん』のお父さんも、この店に呼びたくなる。

 (かわもと・さぶろう 評論家)

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