書評

2018年5月号掲載

散歩にもっと驚きを

――宮田珠己『東京近郊スペクタクルさんぽ』

宮田珠己

対象書籍名:『東京近郊スペクタクルさんぽ』
対象著者:宮田珠己
対象書籍ISBN:978-4-10-351781-8

 旅が好きで会社をやめ、旅の本ばかり出しているうちに、気がつけば紀行作家もしくは紀行エッセイストなどと呼ばれるようになり、いい仕事ですね、などと人に会うたびに言われたりしている。なかには、気楽でいいわよね、とはっきりとやっかみを口にする人もあるというか妻がある。「こ、子どもはおれが見てるから、どこか行ってきたら?」と思わず答えると、「そんなお金がどこにあるの」との返事。そうなのである。お金はないのである。紀行作家はちっとも食えない。ほんとすいません。
 最近はどうも紀行作家というようなものは流行らなくて、むしろインスタグラマーのほうが流行っているらしい。旅に出ていい感じの写真を撮ってアップすることで多くのフォロワーを集め、そうするとスポンサーがついてお金になるのである。実にうらやましいが、ただそうすると懸念されるのは、スポンサーに都合の悪いことは言えないというジレンマが生まれることだ。そこは大人だからまだ我慢するにしても、自分が書きたいものとスポンサーが見せたいものが大きく食い違っていては話にならない。
 以前、ある航空会社の機内誌に寄稿する機会があり、ジェットコースター乗り倒しの旅という記事を提案したら、即座に却下された。ものすごい角度で急降下! とか、落下最高! とか書かれては困るとのことであった。なるほど、それもそうである。
 まあ、どっちにしても、かわいい女性ならともかく、しょぼくれたおっさんが旅する姿などアップしたところでフォロワーは増えないだろう。スポンサー以前の問題である。そんなわけでインスタグラマーはあきらめ、話は紀行作家に戻る。
 長く自分の好きなものばかり追いかけて、自由なテーマで旅を書いてきた。
 ジェットコースター乗り倒しの旅も独自にやり、それ以外にも、いい感じの石ころをひたすら拾いに行く旅や、ベトナムのふしぎな盆栽を探して歩く旅、さらにシュノーケリングでそこらじゅうの海に浮かぶ旅だの、日本全国の巨大な仏像を見て回る旅だの、増築を繰り返して迷路のようになった温泉旅館へ迷子になりに行くとか、水族館の奥のほうにある無脊椎動物の水槽だけを見て回るなんていうこともやった。自分が本当に見たいものだけを見、本当に行きたい面白そうな場所だけ行ったわけだが、そうこうしているうちに、ずっと気にかかっていたけれど、そのテーマで一冊書けるほどではない場所がいくつか溜まってきて、それについてもなんとか行って書いてみたいと思うようになった。それで考えたのが、そんな場所にぷらぷら行ってみる気楽な旅企画である。
 思えば今は散歩ブームで、なかでも、都市化に取り残された路地裏とか、昭和レトロな雰囲気を残す町、隠れ家のようなカフェ、のどかな自然の残る郊外など、おだやかでノスタルジックな散歩に人気があるようだ。
 わたしも散歩は大好きだが、ただ、あまりおだやか過ぎる散歩では刺激が足りない。根が貧乏性であるせいか、昭和レトロな喫茶店なんかを訪ねても興奮しないのである。そこは自分の世界の側だからかもしれない。そういう散歩も見方を変えれば楽しくなるとは思うが、そこはむしろ刺激に疲れたときにとっておきたい。
 今はもっとびっくりする場所やものを見にいきたい気分だ。見たことのないもの、奇想天外なものに出会いたい。そんな思いで行き先を厳選した。
 とりあげたのは、町の下にひっそり存在する地底湖や、隠れキリシタンの秘密の神像、源流から河口まで1時間半で歩ける原初の川、ジェットコースターのようなモノレール、稀代の天才彫師の寺社彫刻、火山の噴火口を探検したゴンドラなど、わたしの普段の日常生活ではあまり出会うことのないタイプの場所だ。関西で生まれ育ったわたしにとって、関東は平野ばかり広くて単調な場所というイメージがあったが、こうして歩いてみると思っていた以上の変化に出会え、楽しかった。探せばまだまだスペクタクルな何かがありそうである。
 タイトルを「スペクタクルさんぽ」としたのは、文字通り見応えを重視したということである。あと「東京近郊」と頭についているのは純粋に予算の都合である。

 (みやた・たまき エッセイスト)

最新の書評

ページの先頭へ