書評

2019年6月号掲載

真梨幸子『初恋さがし』刊行記念特集

かくも恐ろしきは裏の顔

三浦天紗子

対象書籍名:『初恋さがし』
対象著者:真梨幸子
対象書籍ISBN:978-4-10-103761-5

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 ミステリーには、最初に犯人や犯行が明かされていて、それを探る側と暴かれまいとする側との攻防を楽しむ倒叙型もあるが、ポピュラーなのは、誰が、何のために、どうやって、犯行を成し遂げたかをじわじわと追っていく謎解きスタイルだ。そんなミステリーの醍醐味は、やはり「真犯人当て」だろう。「犯人はこの人か、いやあの人も怪しい」と推理しつつ、やがて決定的な場面に来る。当たっていたときの高揚感もいいけれど、むしろ外れていたときの「してやられた感」こそが、ミステリーの最高の面白さだという気がする。
 そして、真梨幸子作品においてこれがもう、犯人が全然当たらない。いや、途中途中で起きる事件の犯人はわかるのだが、それはいわば伏線で、すべての黒幕というべき極悪人=真犯人がとにかく当たらない。してやられた感がハンパない。
『初恋さがし』の主な舞台は〈ミツコ調査事務所〉。いわゆる興信所で、所長の山之内光子は、入れ替わりの激しい調査員とともに、依頼された身元調査をするのが主な業務だ。スタッフが全員女性であることや、〈初恋さがし〉というアイデア企画で注目され、なかなかの盛況ぶりを誇る。
 一話めの「エンゼル様」では、末期がんで余命宣告されているという女性からの依頼が舞い込む。三〇年も音信不通だったというのに〈あの子のことを気にしたまま死ぬわけにはいかないのです〉というほど切実な、古い知り合い探し。それは見事にうまくいく。だが、そこでわかったふたりの意外な関係性と、その後の顛末は、いかにも後味が悪い。
 それから四年の月日が流れたという設定で始まるのは、「トムクラブ」という変わったタイトルにもそそられる二話め。近藤美里(みり)という主婦が、マンションの売買契約で、購入者となった男性〈鰻上(うなぎのぼり)雅春〉の素性を調べてくれと依頼してきた。折しも、未解決のバラバラ殺人が巷を賑わせているころ。美里は鰻上がピーピング・トムに由来する盗撮趣味のサークルを仕切っているのではないかと疑い、さらにおぞましい犯罪にも関わっているかもしれないと怯える。しかし、調査は意外な方向に......。鰻上が、逆に美里からネット上でストーキングされていた形跡があると訴えてくるのだ。果たして、本当のことを語っていたのはどちらだったのか。このあたりから、真梨ワールドのエンジンがかかってきて、三話めの「サークルクラッシャー」へと突入する。
 三話めの中心人物ともいえる女性が語り出す、母との確執。それほど親しくもなかったサークルの先輩・松金由佳利からの結婚報告電話。またも〈ミツコ調査事務所〉へ来た、尋ね人の依頼。今度は、以前から光子の事務所と仕事上のつきあいがあったテレビ局社員・住吉隼人からの頼みだ。まるで三題噺のように無関係な出来事には、接点があった。住吉が認知していなかった娘の居場所を、調査員の根元沙織があっさり突き止め、住吉に情報を渡す。ところが、その行為が大きな悲劇につながって......。
 一話完結の物語かと思いきや、七つある章が進むにつれ、ストーカー、世界規模のウェブ百科事典、IPアドレス検索、風俗アルバイトなど、一見無関係なパーツが連結されて、ますます事態は混沌としてくる。極めつきのキーワードは、ブラック・ダリア。著者は、たとえば『女ともだち』では東電OL殺人事件、『5人のジュンコ』ではいわゆる婚活殺人事件、『四〇一二号室』では阿部定事件にちらりと触れるなど、実在の事件を好んでモチーフに使う。本作では1947年にアメリカ・ロサンゼルスで起きた著名な猟奇殺人事件が、予想もしなかった真犯人を指し示す鍵となる。
 だが、そうした現実と小説をリンクさせてしまうのは、おそらく下世話な好奇心からだけではない。この作家はきっと「人の裏の顔」に異常な執着があるのだ。誰もが大なり小なり、人に言えない過去や本音があるものだが、それをバカ正直に見せて諍いを生むより、仮面をかぶって安寧に過ごすことをよしとするのも人情だろう。だからこそ、人は平然と裏の顔を隠す。そこに真梨は取り込み、複雑に絡み合う人間関係や、隠されていた血のつながりを明かして、もう一つの顔が垣間見えたときのカタルシスを引き出す。そうした人間の心理を手玉に取るのが真梨のミステリーのキモであり、読者を引きつけてやまない理由なのだ。

 (みうら・あさこ ライター/ブックカウンセラー)

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