書評・エッセイ

2020年4月号掲載

画家もモデルも僕らも、にんげんだもの

中野京子『画家とモデル 宿命の出会い

とに~

対象書籍名:『画家とモデル 宿命の出会い』
対象著者:中野京子
対象書籍ISBN:978-4-10-353231-6

「眠れる才能がいつどんなきっかけで発芽するかは、運命の女神の廻す車輪次第だ。」

 そんな書き出しから、「芸術新潮」での中野京子さんの画家とモデルを巡る連載はスタートしました。この一文はアール・デコを代表する女流画家タマラ・ド・レンピッカの人生に対してのものですが、中野さん自身の作家人生もまさにこれ。もともとは美術の専門家ではなかったそうですが、2007年に発表した『怖い絵』をきっかけに、美術の世界に鮮烈デビュー! 以降トップランナーとして多くの人に美術の魅力を啓蒙し続け、美術界にとっては無くてはならない存在となっています。どれだけの人が、車輪を廻してくれた運命の女神に感謝していることでしょう。
 ちなみに、専門家ではない立場から美術の魅力を伝えるという点では、似たような活動をしている僕。デビューした年も2008年と中野さんとほぼ同期ではあるのですが、中野さんの連載が始まった「芸術新潮」の同号では、「都内にある美術館を一日で何館巡れるか?」という身体を張る企画「美術館トライアスロン」にチャレンジさせられていました(結果は19館)。一体この違いは何? 運命の女神には、早いところ僕の車輪を廻して欲しいものです。
 と、余談はさておきまして。毎回楽しみにしていた連載が、このたび『画家とモデル 宿命の出会い』という一冊の本にまとまったのは、大変喜ばしい限り。というのも、この本は、美術に興味がある人にはもちろんのこと、むしろ美術に興味が無い人にこそ読んでもらいたいから。「芸術新潮」は美術に興味がない人はほぼ手に取らない雑誌ですからね......(この書評を「芸術新潮」の編集部の皆さまが読まないことを願っています!)。どんな人でも美術への興味がむくむくと湧く魔法のようなこの文章が、多くの人の目に触れるのをずっと願っていました。
 美術に興味がない人の多くは、"美術は美しいもの""美術は高貴なもの""美術はお上品なもの"と思い込んでいて、自分には理解できないものと線を引きがちです。確かに、美術作品には、美しいもの、高貴なもの、お上品なものも存在しています。でも、それらも含めて、美術作品は、すべて人間が作ったもの。僕らと同じ人間が作り出したものなのです。そして、美術作品に登場する人物、すなわちモデルもまた僕らと同じ人間。理解できないわけがないのです。そんな当たり前ですが見落としがちな事実を、中野さんは教えてくれます。
 しかも、有難いことに、この本に登場する人物の多くは、こちらが引け目を感じるような立派な人間ではありません(笑)。「情熱大陸」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」というよりは、中野さんの淡々とした語り口もあいまって、まるで「ザ・ノンフィクション」を見ているかのよう。生真面目すぎて男社会で生きづらさを感じる女性画家の葛藤続きの生涯や、絶対君主の顔色を窺いながら心の休まらない日々を過ごす宮廷(サラリーマン)画家の人生など、涙と同情なしには読めないエピソードが次々と語られます。それらを読み終えるごとに、頭の中に「サンサーラ」が流れてくることでしょう。
「♪生きてる 生きている その現だけが ここにある~」
 今すぐ美術館に行って、彼らを応援したくなること請け合いです。
 なお、個人的に一番オススメの回は、「レンブラントの老後~意外な素顔~」(←本の中では「画家の悲しみを照り返す」というタイトルです)。《夜警》でお馴染みのオランダの巨匠レンブラント。その後半生は実に悲惨なものでした。まさに絵にかいたような転落人生。しかし、それでも絵は描き続ける老齢のレンブラント。控えめに言っても泣けますよ。
 さらに、この本では、皆さまの大好物である(?)不倫や愛人といった恋愛スキャンダルのトピックも多く登場します。それらの中には、画家が何十年もひた隠しにしていた衝撃的な事実も。中野さんは何でもお見通しなのです。まだターゲットになっていない画家やモデルの皆さんは草葉の陰で怯えているかもしれませんね。
 とはいえ、中野さんは決して"怖い人"ではありません。美術界の知られざる心温まるエピソードの数々もちゃんと取り上げています。
 きっとこの本に登場する誰かを好きになるはず。"宿命の出会い"が待っていますよ。

 (アートテラー)

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