書評

2022年6月号掲載

新潮選書55周年

受賞作ベストセレクション

過去の受賞作の中から、選りすぐりの12作品をピックアップしました。
選評を参考に、ご興味のある本をじっくりお選びいただければ幸いです。

対象書籍名:『謎とき『罪と罰』』/『地球システムの崩壊』/『性の進化史 いまヒトの染色体で何が起きているのか』/『渋滞学』/『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』/『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』/『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』/『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』/『中国はなぜ軍拡を続けるのか』/『立憲君主制の現在 日本人は「象徴天皇」を維持できるか』/『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』/『採用学』
対象著者:江川卓/松井孝典/松田洋一/西成活裕/片山杜秀/岡部伸/牧野邦昭/呉座勇一/阿南友亮/君塚直隆/斎藤環・與那覇潤/服部泰宏
対象書籍ISBN:978-4-10-600303-5/978-4-10-603588-3/978-4-10-603827-3/978-4-10-603570-8/978-4-10-603705-4/978-4-10-603714-6/978-4-10-603828-0/978-4-10-603739-9/978-4-10-603815-0/978-4-10-603823-5/978-4-10-603855-6/978-4-10-603788-7

「謎とき」シリーズ

 新潮選書は、一九六七年の創刊以来、五五年間で九百冊近いタイトルを刊行してきました。中には、さまざまな賞を獲得する作品も生まれています。今回のフェアでは、それらの受賞作品のうち、現在も愛読されているベスト&ロングセラーを選んでみました。
 まず紹介したいのが、読売文学賞(評論・伝記賞)を受賞した、ロシア文学者・江川卓さんの『謎とき『罪と罰』』(一九八六年)。ドストエフスキーの代表作に仕組まれた「仕掛け」を次々と読み解いて、文豪の古典をまったく新しい作品として蘇らせました。
 選考委員を務めた井上ひさしさんは、「江川さんのおかげで私は『罪と罰』を、抱腹絶倒の茶番劇、しかし同時に神聖な福音書として読めるようになりました。さあれ、これは日本における『罪と罰』受容史を大転換させる書物です」と絶賛しています。
 なお、今回のフェア書名ではありませんが、本作のヒットを受けて、シリーズ続編として江川さんの『謎とき『カラマーゾフの兄弟』』(一九九一年)、『謎とき『白痴』』(一九九四年)が刊行され、さらにそれに続いた亀山郁夫さんの『謎とき『悪霊』』(二〇一二年)も読売文学賞を受賞しています。
 また「謎とき」シリーズは他の作家についても出ており、近年では鴻巣友季子さんの『謎とき『風と共に去りぬ』』(二〇一八年)と、竹内康浩さん・朴舜起さんの『謎ときサリンジャー』(二〇二一年)が話題となりました。

自然科学分野でも

 創刊から四〇年の節目に、毎日出版文化賞(自然科学部門)を受賞したのが、惑星物理学者・松井孝典さんの『地球システムの崩壊』(二〇〇七年)です。
 選考委員の米本昌平さんは、「地球温暖化問題ひとつとってみても、われわれはいま確実に、歴史的次元で曲がり角にたっている。それは皆が、大スケールの文明論を渇望していることでもある」と前置きした上で、「本書は、比較惑星学という視点から、人類がごく普通に宇宙探査を行うようになった事態に応じた、壮大な宇宙観を展開する。(中略)中でも、キューバで大隕石衝突の記録を発掘したり、発展途上国の旅からの考察は、パソコンの前にただ座っているのではない、あふれる行動力の賜物である」と評価しています。
 本書の受賞を画期として、それまで人文系を強みとしてきた新潮選書から、自然科学系の本が多く出るようになりました。たとえば、遺伝学者・松田洋一さんの『性の進化史 いまヒトの染色体で何が起きているのか』(二〇一八年)も、同じく毎日出版文化賞(自然科学部門)を受賞しています。
 選考委員の西垣通さんは、「とかく性の話は難しい。大切なのは、いたずらにヒートアップせず、冷静に科学の正確な目で分析すること。本書はそのための絶好の啓蒙書」と評しています。
 また、講談社科学出版賞と日経BP・BizTech図書賞のダブル受賞に輝いた数理物理学者・西成活裕さんの『渋滞学』(二〇〇六年)は、二〇刷を超える大ヒットとなりました。
 講談社科学出版賞選考委員の池内了さんも、「わかりやすい事例から原理の講義までついていて、渋滞学事始めの趣があって楽しい。日頃、クルマの運転で渋滞を腹立たしく思っておられる方々には特にお勧めである」と推薦しています。

「戦争モノ」強し

 新潮選書がもっとも得意とする分野の一つに「戦争モノ」があります。
 なかでも司馬遼太郎賞を受賞した片山杜秀さんの『未完のファシズム 「持たざる国」日本の運命』(二〇一二年)は、その代表的な一冊です。
 選考委員の柳田邦男さんの選評では、「これまでの現代史研究ではマイナーなエピソードとしてまっとうな分析をされてこなかった出来事に着眼し、それらが実は非常に重みがあることであると指摘しました。第一次大戦の青島攻略戦が日本の戦略思想の大転換点であったというとらえ方で、刺激性の強い新視点」と高く評価されました。
 翌年に山本七平賞を受賞したのが、岡部伸さんの『消えたヤルタ密約緊急電 情報士官・小野寺信の孤独な戦い』(二〇一二年)です。
 選考委員の中西輝政さんは、「本書は、主として二〇〇〇年以後にイギリスで公開された暗号解読部局の極秘文書に依拠して、小野寺信の卓越した情報活動を深くかつ広汎に解明している。また、それ以外に東欧諸国やアメリカなど数カ国の公開公文書などもふんだんに用いた本格的な実証研究になっており、文句なしに第一級の堂々たるインテリジェンス・ヒストリーの大作といえる」と絶賛しています。
 また、牧野邦昭さんの『経済学者たちの日米開戦 秋丸機関「幻の報告書」の謎を解く』(二〇一八年)は、新たに発見した資料に基づいて対米開戦の経緯を分析し、読売・吉野作造賞に輝きました。
 選考委員会座長の猪木武徳さんは、「なぜ日本は勝算の極度に低い米英両国との戦争に踏み切ったのか。開戦決定に経済学者による抗戦力測定は影響を与えたのか。本書は、この二つの問いに精緻な論証で答えようとした力作だ。(中略)日本は統一的な戦略を持てず、陸軍はソ連陸軍を、海軍は米海軍を仮想敵とする従来の思考法を克服できなかったとの指摘は的確だ。新資料を丁寧に読み込み、国家の政策決定の実情を明晰に語った高い学術的価値をもつ作品」と評価しています。
 戦争モノと言えば、角川財団学芸賞を受賞した呉座勇一さんの『戦争の日本中世史 「下剋上」は本当にあったのか』(二〇一四年)も、注目を集めた作品です。選考委員の佐藤優さんは、「旧講座派型の下剋上史観に果敢に挑戦する」と著者の既成の権威に立ち向かっていく姿勢を評価しました。

サントリー学芸賞

「研究者にとっての芥川賞」とも言われ、一九七九年の創設以来、三五〇名を超える優れた研究者を輩出しているのがサントリー学芸賞です。
 新潮選書からも、金沢百枝さんの『ロマネスク美術革命』(二〇一五年)をはじめ、三冊の受賞作が出ています。
 今回のフェアに入っているのは、阿南友亮さんの『中国はなぜ軍拡を続けるのか』(二〇一七年)と、君塚直隆さんの『立憲君主制の現在 日本人は「象徴天皇」を維持できるか』(二〇一八年)の二冊です。
 中国の軍拡が続く背景に、一党独裁の統治構造の歪みがあることを鋭く指摘した阿南さんの作品に対しては、選考委員の船橋洋一さんから、「西側がこれまで維持してきた「関与」政策は、中国との政治体制の差異に起因する摩擦はやがて克服されるという希望的観測にもとづいている、そして、経済で結びついてさえいれば、日中関係は安定するという言説は、もはや説得力を失った――「おわりに」で、筆者が発する警告はずしりと重い」との選評が寄せられました。なお本書は、アジア・太平洋賞特別賞も受賞しています。
 また、生前退位の意向を示した天皇の「おことば」を受けて、立憲君主制や象徴天皇の意義を世界史的視野から問い直した君塚さんの作品に対しては、選考委員の待鳥聡史さんから、「本書は、分析の対象をイギリス一国から大陸ヨーロッパやアジア諸国にまで広げ、今日の立憲君主が統治に対していかなる役割を果たすのかを明らかにする。柔らかく読みやすい文体から受ける印象とは正反対に、現代政治における「君臨」の意味を探求した骨太な著作である」と評価されました。

異色の受賞作

 学芸関係の賞は、単著を対象としているケースが多く、共著、しかも話し言葉で書かれた対談本の受賞となると非常に稀だと言っていいでしょう。
 そのような中で、対談本でありながら小林秀雄賞を受賞したのが、斎藤環さんと與那覇潤さんの『心を病んだらいけないの? うつ病社会の処方箋』(二〇二〇年)。「ひきこもり」を専門とする精神科医と、「重度のうつ」をくぐり抜けた歴史学者が、「生きづらさ」を生みだすさまざまな社会問題について縦横に語り合った本です。
 選考委員の養老孟司さんは、「内容に重みのある本である。一章が普通なら一冊の対談本になるような作りになっている。(中略)近年の日本社会における様々な問題を、二人で多角的に議論していく。最後の主題はオープンダイアローグ(OD)になっているが、これは著者が実践している分野でもあり、明るい未来を予想させる。この本自体が良い対話の例になっているというべきかもしれない」と高く評価しています。
 最後に紹介するのは、経営学者・服部泰宏さんの『採用学』(二〇一六年)。企業の人事採用を、主観や慣習を排した視点から、科学的な手法で分析した異色の内容で、「日本の人事部「HRアワード」書籍部門最優秀賞」を獲得しました。新潮選書では珍しいビジネス寄りの内容ですが、すでに一一刷を数えるベストセラーになっています。

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