書評

2022年9月号掲載

ホワットダニットの物語としても読める大傑作

万城目学『あの子とQ』

吉田大助

対象書籍名:『あの子とQ』
対象著者:万城目学
対象書籍ISBN:978-4-10-336013-1

 ホルモー(『鴨川ホルモー』)に始まり、しゅららぼん(『偉大なる、しゅららぼん』)、ぜっと(『ヒトコブラクダ層ぜっと』)と来て、今度はQ。『あの子とQ』は、万城目作品にしては珍しく、タイトルに含まれた謎めいた一語の中身が序盤であっさり、論理的に明かされる。吸血鬼の吸だ。そして、吸血鬼を監視する存在としてのQ。
〈目が覚めて、まぶたを持ち上げたら、そこに何かが浮かんでいた〉。一行目から現実感をズラして開幕する物語の主人公は、嵐野弓子(「私」)だ。「こんな丸い、デカいばけものが――」と訴える娘の大恐慌とは裏腹に、母は「弓子の誕生日まで、あと十日じゃない」、父は「おお、あと十日か。いよいよ、十七歳か」と、どこかほのぼのした会話を繰り広げる。そして、両親は真っ暗なリビングでお揃いの黒マントを羽織り、娘の頭の数十センチ上を見ながら「私たちの娘、弓子を頼みます」。おろおろするばかりの弓子は、寝覚めに見たばけものを今一度目の当たりにする。〈私の頭のなかに、なぜか男の声が聞こえてきた。(中略)「俺は――、お前のQだ」〉。
 嵐野家は、吸血鬼の一族だった。とはいえ両親は一七歳の時に「脱・吸血鬼化」の儀式を受けたことで、吸血鬼レベルは「松竹梅」の「梅」となり、人間界に違和感なく溶け込んでいたのだ。その儀式を受けるには、Qという証人――〈直径六十センチほどの、ウニのように長いトゲトゲに全体を覆われた得体の知れぬ物体〉――による証明が必要だった。対象人物が「血の渇き」を抱いているかどうか、すなわち人間の血をすすって生きてはいないか、一〇日間かけて監視しゴーサインを出すかどうか決める役を担うのが、この日弓子の前に現れたQだった。
 厄介な状況に陥った弓子の日常生活は、あきれるほどに普通。そして、面白い。親友であるヨッちゃんが男子バレーボール部キャプテン・宮藤豪太への告白を決意したのだが、奇矯な言動を繰り返すヨッちゃんのため、大々的なサポートをする必要があった。宮藤くんがバレー部仲間を連れてきて、なぜか海へとダブルデートに出かける事態へと発展。普段は弓子の影の中にいて、周りに人がいなければ外へと現れるQは、ヨッちゃんに振り回される弓子の受難を輪郭付けるツッコミ役となる。
 あらすじめいたものを書くのがもったいなく感じられるほど、一行一行がわちゃわちゃしていて、文章を追いかけるのが楽しくてたまらない。現代日本が舞台の吸血鬼モノといえば、西尾維新の『化物語』から始まる「物語シリーズ」や、誉田哲也の「妖シリーズ」(『妖の華』『妖の掟』)がぱっと思い浮かび伝奇アクションのフレーバーが鼻をかすめるが、序盤のノリはどちらかと言えば昔懐かし『ときめきトゥナイト』(お父さんが吸血鬼、お母さんが狼女、の一人娘が主人公でした)のそれだ。
 楽しい。コメディ。ばっかばかしい。そう思っていたから、全三八〇ページの一〇〇ページを超えた辺りで繰り広げられる急展開で度肝を抜かれてしまった。何があったかは、ネタバレゆえに書くことができない。と言うよりも、そこで何があったかがこの物語のキモなのだ。
 実は本作は、ここ数年の文芸シーンでブームとなっている特殊設定ミステリーの一種である。吸血鬼が存在する世界ならではの特別なルールをもとにした、さまざまな謎やトリックが仕掛けられている。が、そのこと以上に指摘しておくべき特色がある。
 ミステリーの歴史は犯人当てに主眼を置いたフーダニット(Who done it?)に始まり、犯行方法の解明に焦点を当てたハウダニット(How done it?)や、犯行動機の追究に主眼を置いたホワイダニット(Why done it?)へと発展していった。しかし、第四の道を進む作品もごく少数ながら存在する。「何が起きたのか?」をど真ん中の謎に措定し、その解明を物語の主軸に据えたホワットダニット(What done it?)だ。本作は、単なる特殊設定ミステリーではない。ホワットダニットの特殊設定ミステリーなのだ。
 これまでの万城目作品と言えば、大風呂敷を広げまくりの突拍子もないホラ話が代名詞であり、ホラにホラを上乗せしていくトルネード感に独自の味わいがあった。今回はホラ話ももちろん健在ながら、弓子が探偵役となり、あの日あの時あの場所で「何が起きたのか?」を探るプロセスの内部で数々のロジックが登場し、ホラとロジックの相乗効果で物語を駆動していく。圧巻は、ラストステージにおいて最後のタスクをクリアするために現れるロジックだ。優れたミステリー特有の「冴えたロジックと出合う愉悦」が、本作にはぎっしりと詰まっている。
 万城目学が、ミステリー作家としての名乗りを上げた。『あの子とQ』について、後世の文学史はそう記録するに違いない。物語の着地も完璧。大傑作です。


 (よしだ・だいすけ ライター)

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