書評

2023年10月号掲載

国家vs巨大IT企業 新旧・巨大権力の知られざる死闘

小林泰明『国家は巨大ITに勝てるのか』

小林泰明

対象書籍名:『国家は巨大ITに勝てるのか』
対象著者:小林泰明
対象書籍ISBN:978-4-10-611012-2

 今、国家と巨大IT企業が静かに、しかし激しい攻防を繰り広げている。そう聞いてぴんと来る人は多くないかもしれない。GAFAと呼ばれる巨大ITの取材を始めた7年前の私がそうだった。あらゆることを調べられる検索サービス。精巧に作られた美しいiPhone。世界の人を結びつけるSNS。ほしいものがすぐに手に入るネット通販。その便利さに感謝こそすれ、そこで問題が起きているなどとは思いもよらなかった。
 しかし、取材を進めると、彼らが消費者にみせる顔はほんの一部にすぎないことに気づいた。膨大な個人データをもとに多額の金を生み出す強力な広告システム。アプリやiPhoneの取引先にみせる傲慢な姿勢。ネット通販の出店者から少しでも多くの金を搾り取ろうとする巧妙なビジネスモデル。そして、自らに刃向かう者はロビイストやスター弁護士を雇い、容赦なくたたき潰す。取材から浮かび上がってきた彼らの「裏の顔」は華やかなハイテク企業とはほど遠かった。
 当初は、そうした行為を問題視する公正取引委員会、経済産業省など日本政府と巨大ITの「局地戦」を追うだけだった。しかし、その後、米国政府までもが巨大ITの取り締まりに舵を切る。
 本書で描く最強国家・米国と、最強企業群・GAFAの戦いは壮絶だ。米政府が反トラスト法(独占禁止法)違反で会社分割を求めれば、巨大IT側は規制当局のトップを自社の調査から引きずり下ろそうとする。米議会に提出された規制法案に巨大IT側が凄まじいロビー攻勢をかけ、廃案に追い込んだこともあった。
 そうした動きを追いながら、いつしか「私は今、国家vs巨大ITという全く新しい戦いを目撃しているのではないか」と思うようになった。
 自ら創造したデジタル空間を統べる巨大ITはまるで世界規模の領土をもつ国家のようだ。国家の目の及ばない世界で、彼らは住む者のルールを決め、意に沿わない者は追い出す。世界トップ級のエリート人材という「選民」が優れたテクノロジーを開発し、多くの金を生み出すビジネスモデルを作る。その強大なヒト、モノ、カネの前では、国家もかすんでしまう。
 一方の国家は「独占禁止」を旗印に巨大ITを押さえ込もうとしている。様々な理屈はあるだろう。だが私には、自らの存在を脅かす者への「恐れ」が国家を取り締まりに突き動かしているようにみえる。国の支配領域を超えて拡大し続ける「超国家」と、それを封じ込めようとする国家。私たちが今、目にしているのは新旧の巨大権力による勢力争いなのだと思う。
 GAFAの影響力は経済のみならず、政治や軍事、司法、学界にも及ぶ。国家をも恐れさせる強大な力。果たして国家は巨大ITに勝てるのか。


 (こばやし・やすあき 読売新聞記者)

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