書評
2026年6月号掲載
容赦なく啖呵を切る批評家の顔
ドナルド・キーン『日本文学を読む・日本の面影』
対象書籍名:『日本文学を読む・日本の面影』(新潮選書)
対象著者:ドナルド・キーン
対象書籍ISBN:978-4-10-603851-8
晩年の、コロンビア大学名誉教授となった後の穏やかな笑顔ばかり、私たちは記憶していたのかもしれない。
1970年代に書かれた四十九人の近現代作家評「日本文学を読む」の中には、容赦なく啖呵を切る、別人のように挑戦的な批評家、ドナルド・キーンがいる。
何に対して啖呵を? 世界を見ようとしない旧弊なこの国の批評家、研究者たちへ。同時に、日本文学をはなから認めようとしない西欧への義憤も強く伝わる。西欧を説得するためには英文で、日本文学の通史を著わすという大事業に、すでに着手していた。一方、日本人に向けては、二葉亭四迷から大江健三郎まで片端から評していく難行を、広範な読者を持つ新潮社の「波」で六年も続ける。しかも手書きの日本文で。それが本書の三分の二を占める「日本文学を読む」であり、明治の文豪にも存命の作家についても、きわめて率直にその才能と作品を評している。
たとえば夏目漱石の項。1960年代後半に日本で企画された英語版の論文集について「大失敗に終った。江藤淳の優れた論文以外、論文は訳の分らない英語で書かれ、吹き出さずには読めないものばかりだった」と断じ、重ねて「漱石の世界的名声には限界があり、谷崎、川端、三島、安部ら二十世紀日本作家の外国人愛読者の間でも、漱石には関心が薄い」として、その理由を端的に述べている。
また、「近代文学における最高の大家は谷崎であると敢えて言う」、「谷崎文学が読まれない日がくるとすれば、日本には思想があっても文学がないということになるだろう」と、堂々と主観を打ち出してもいて爽快だ。
石川啄木の短歌は「不思議に翻訳に向いている」、「私は啄木が最初の現代人であったというような気がしてならない」といった評言もある。もっとも、海外に通用しさえすればいいと考えていたわけではない。泉鏡花を翻訳しないかと問われたら、「とんでもない、この快感を得るために三十年前から日本語を勉強したのではないか」と返事をするそうである。
要するに、この頃のキーン氏はまだ、大いにアメリカ人だったのだ。
第二次大戦の影も依然濃く、井伏鱒二の「『黒い雨』を読了した夜、私は一睡もできなかった」「閑間重松という個人の眼を通して広島を見た時、初めて分った」。そして戦後文学の一番の傑作として大岡昇平の『野火』を挙げ、1945年3月、自身が「ジープに乗ったままレイテの日本兵俘虜収容所を側から眺めていた」体験を明かす。「特別な、言いようもないような共感を覚える」のは文学鑑賞の基準ではなく、戦争を経た者でなければ分らない、「もう一つの次元」だとしている。
永井荷風、有島武郎、西脇順三郎、中島敦……外国との往還を体験した作家たちへの理解、共感も深く、胸に響く。
一人の作家につき基本は四百字詰め六枚ずつと、短い。にもかかわらず、批評の駆動力となる「発見」を個々の作品の中に労を惜しまず求めている。いかに「サービス精神でいつも燃えて」いたか、連載中の悪戦苦闘がユーモアたっぷりの「あとがきにかえて」にあるが、実際、毎回全力を傾けていたに違いない。川端康成、三島由紀夫は世を去っても、安部公房、開高健、中村光夫、福田恆存、吉田健一という、友人にして手厳しい批評家たちが多数、健在であったから。だからこそ今も生き生きと言葉は命を保ち、その見識は外れていない。
併録の「日本の面影」は、1992年に放映されたNHKの連続講座のための講演録。英語で日本文学史を書き通し、数々の日本の文学賞を受賞した後の仕事で、こちらは私たちがよく知る温かい語り口となっている。
1940年、ニューヨークの本屋で買った英訳版『源氏物語』との邂逅、しかし、まもなく太平洋戦争に突入し、海軍将校として日本人捕虜への尋問、沖縄戦の悲劇を経なければならなかった青年期。三十一歳でようやく叶った京都大学への留学──。前半生を振り返った上で、『徒然草』、能、芭蕉の俳句、西鶴の浮世草子、近松と人形浄瑠璃、近代文学、日本の日記文学、最後に『源氏物語』についての解説が続く。十三回に及ぶ番組のテキストを、この年七十歳のキーン氏は全部、メモもなしでよどみなく語り切ったという。
日本の近現代作家論と日本文学の通史、自身の個人史。本書はいわばドナルド・キーンの全仕事を凝縮した一冊で、このジャパノロジストはいったいどれだけ鋭利な頭脳を持ち、濃密な時間を生きたのだろうと、あらためて圧倒される。
(おざき・まりこ 文芸評論家)



