書評
2026年6月号掲載
私の好きな新潮文庫
本の中で生きる武蔵野
対象書籍名:『張込み 傑作短編集〔五〕』/『武蔵野』/『武蔵野夫人』
対象著者:松本清張/国木田独歩/大岡昇平
対象書籍ISBN:978-4-10-110906-0/978-4-10-103501-7/978-4-10-106502-1
武蔵野の存在を知ったのは、松本清張の『高校殺人事件』(カッパ・ノベルス版)だった。
1969年春、中学1年生の私はちょっと背伸びしようと、高校生が登場する学園推理小説を手にしたのだった。
大発見があった。
小説の舞台は、調布・府中あたりの武蔵野台地だった。社会科の地図帳を開くと、なんと、わが所沢市も武蔵野台地の中央に位置するではないか。普段見飽きた景色がとたんに水彩画になった。
以降、武蔵野台地の特徴である雑木林が私の心象風景となった。
清張作品には武蔵野がよく登場する。九州・福岡から朝日新聞東京本社への転勤で上京し、専業作家になったのが46歳、遅咲きのデビューだった。九州から引っ越した先が上石神井周辺だったために、練馬・杉並の武蔵野がよく出て来る。
雑木林と畑が平行し、狭山茶の茶垣が縁取る景色がよほど気に入ったのだろう。
短編「地方紙を買う女」(新潮文庫『張込み 傑作短編集〔五〕』収録)も武蔵野が描かれる。

「杉本隆治は、頭を振って机を離れて、散歩に出かけた。いつも歩きなれた道で、このあたりは武蔵野の名残りがある。葉を落とした雑木林の向こうには、J池の水が冬の陽に、ちかちかと光っていた」
杉本隆治は作家で、ある事件に巻き込まれる。清張のタイトルの付け方が本作でも光っている。こけおどしの語句を使うことなく、題名からミステリーがだだ漏れしているではないか。
清張の武蔵野モノと共に国木田独歩「武蔵野」も読んだ。

私が持っている改版前の文庫本では画家・難波淳郎が描く雑木林と民家の淡い水彩画が、武蔵野のイメージをうまく表現している。
「林は実に今の武蔵野の特色といっても宜い」(「武蔵野」より)
春夏秋冬を通して木々が紅葉し、落葉、新緑萌え出ずる変化に、独歩は感動をおぼえる。
その光景の妙は、他の地方では見られない武蔵野特有のものだと書いている。
雑木林と畑、民家が織りなす平和な景色は、独歩が描いた明治三十年代から武蔵野の特長でもあった。
大岡昇平『武蔵野夫人』は高校生のときに読んだ。

これも私が所有しているカバーが変わる前の文庫本は、不倫がテーマの大人の作品ながら、堀文子が描くススキノをイメージした水彩画である。
私が歓喜したのは、文中に「武蔵野夫人」小説地図という一ページの絵地図が載っていることだった。
小説の舞台になった武蔵野を紹介したもので、素朴な絵柄の丘陵が描かれ、「将軍塚」と記されている。
新田義貞の鎌倉攻めのときに、自軍の旗を立てた地点、という歴史的遺跡を記録するために建てられた石碑である。
地元の人間なら誰もが知る将軍塚だ。
石碑の建つ丘陵は、その昔、八州が見渡せたことから八国山とよばれてきた。
スタジオジブリ「となりのトトロ」(宮崎駿監督作品)に登場する七国山のモデル地といわれる。
「となりのトトロ」で七国山が出てきたときの驚きといったら。
『武蔵野夫人』は映画化(1951年・東宝)され、主演の人妻役を田中絹代が演じている。
スクリーンには、雑木林がしばしば登場するのだが、どうも違和感が残った。
武蔵野台地というよりも軽井沢風なのだ。
武蔵野の魅力は、すべて自然が仕切っているのではなく、畑や防風林、茶垣といった人の手も加えられた、渾然としたところにあるのだ。
武蔵野(台地)とよばれる舞台に私は暮らしてきた。
中学校の校舎の窓から授業中に視線を向けたとき、丘陵が横たわる景色は八国山と久米の山だった。このまま時間よ、止まれ、と何度思ったことか。
雑木林がそうさせるのか、武蔵野は朝靄、夕靄がよく漂う。
中学校の通学路には雑木林が両側に存在し、湿気の多い夕方になると夕靄が発生して、幻想的な光景になった。
いまでは大分、変わってしまった武蔵野の風景だが、文庫には雑木林が厳然として生き残っている。
(もとはし・のぶひろ 作家)




